与太郎の日記 番外編
平成六年六月だったと記憶しています。その頃、自宅の建て替えが決まり、仮住まいのための荷造りで家の中はごった返しておりました。
自宅は父が出征する時に購入されたもので昭和十四年に建てられたものでした。
居間には太い孟宗竹の大黒柱、違い棚、床の間があり風呂場の天井はあじろに編んだ杉の薄板でできていました。
壁はしっくいでしたが、部屋の中は黒の砂壁でした。・・・これは古くなるとなかなか手入れは大変です。部屋にばらばらと落ちてくるのですから。
手入れさえよければ今でも現役で住めたかもしれませんが根太(ねだ)は腐り、雨漏りはひどく限界だと思われました。雨漏りは本当にひどく、一箇所を直すと別の場所が漏ってくるような状態で、天井にビニールをはり、一箇所に穴を開け、そこからストローを通ってバケツに入る工夫をしていました。・・・直すといっても素人が屋根に上ってやるのですから高が知れています。
しかし、水の流れを考えて漏る位置を推理して直した後は、雨が待ち遠しいものでした。
庭には古い藤棚がありましたがもう何年も花は咲いていませんでした。
いよいよ引越しが迫り荷造りもやっと一段落したある日の夕方でした。
ふと外を見ると、藤棚の根元の山椒の木のあたりが妙にスポットライトが当たったように明るいのです。
よく見ると、真っ白い藤の花が一房咲いておりました。殺風景な風景の中でそこだけが舞台のように華やいでいたのを覚えています。
母に知らせると大層驚いた様子で
「きっと家を壊すことを知っていて、最後にこんなきれいな花を咲かせたんだね」
と言ってじっとその花を眺めておりました。
家内にも知らせましたが、手が離せず、「明日、ゆっくり見ます。」と残念そう。
次の朝、家内が楽しみにして庭を見ると花は消えていました。
信じられない思いで、私、家内、母の3人で昨晩花が見えた場所をさがしてみましたが、花どころか葉っぱさえないのです。
スポットライトに浮かぶように咲いていたあの白い花。・・・・母は薄紫だったといっていますが・・・
建て替えでは古い藤の木も切られてしまうことになっていました。
家内はいまだに
「少しでも見ておけばよかった」
と、悔やんでおります。
私はと言えば
「写真にとっておけば・・・」
と、俗っぽいことを考えてしまいます。でもやはり、
そっと記憶の中にとって置くべき物なのかもしれません。


