テープ起こし in 房総半島 office Y.DESK オフィス・ワイ・デスク  @千葉県君津市
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オフィス概要



オフィス


屋号 office Y.DESK
代表者 安田幸枝 (やすだゆきえ)
所在地 千葉県君津市
連絡先 yuki.san@jcom.home.ne.jp
業務内容 テープ起こし


ネット上のため詳細は記載しておりませんが、
お問い合わせをいただいた後、こちらから住所等をお知らせいたします。







代表者 略歴


県内の短期大学を卒業後、生命保険相互会社に内務職員として入社。
新規契約業務、保全業務等に携わり、入社から8年後、出産を期に退社。
2002年1月、テープ起こしの通信講座を修了し、
千葉県君津市の自宅を拠点に業務を開始する。





使用機器・ソフト 作業場風景

メインパソコン NEC VALUESTAR
OS Windows 7
バックアップ IO DATA Hard Disk
ワープロソフト Word 2003
表計算ソフト Excel 2003
圧縮・解凍ソフト +Lhaca
音声再生ソフト おこしやす(おこし太郎さん考案・mojoさん作)
(PCのキーボード操作で音声の再生・停止ができます
音声再生補助機器 おこしやすフットコントローラー
「橋爪ライティングオフィス」を参考に自作しました。足で操作することにより、効率よく起こし作業ができます)
インターネット接続 CATV(JCOM)
セキュリティ対策 マイシールド
サブパソコン NEC Lavie
プリンタ Canon PIXUS MP500
(プリンタ・スキャナ・コピー複合機)
辞書類 三省堂 『大辞林』第二版
三省堂 『現代国語表記辞典』
三省堂 『カタカナ語辞典』 第2版
共同通信社 『記者ハンドブック』
日本速記協会 『標準用字用例辞典』
学研 『現代新国語辞典』
旺文社 『漢字使い分け辞典』
がくぶん 『新日本語ハンドブック』



1日の3分の1をここで過ごします。
右がメインPC、左がサブPCです。









(プリンタ・スキャナ・コピー複合機)




業務実績


 起こし内容

インタビュー、会議、対談、理事会、講演会、議会議事録
討論会、座談会、シンポジウム、パネルディスカッション





 起こし分野

福祉、地方議会、幼児教育、障害児教育、ラジオバラエティー、医学、美容、化粧品
IT技術、コンピュータ、インターネット構想、ごみ問題、保険関係、社会保障
経済、産業、経営、金融、食品流通、情報通信、合併問題、歴史、看護、震災復興計画
(その他、多岐にわたる分野の起こしを経験




 お取引先

出版社、印刷会社、財団、一般企業、銀行、大学
翻訳・テープ起こし会社(スタッフ)、個人、その他。



録音時間数

820時間 (2011年10月末)




表記辞書について

テープ起こし作業でテープライターが最も気を遣うのは、表記の統一です。
テープライターは皆、どんなに簡単な文字も辞書で確認する作業を怠りません。

ワープロが普及している今日でも、変換による表記ミスをなくすために、何度も原稿をチェックします。
表記は主に「新聞・マスコミ用表記」 と 「速記・議会用表記」に分けられます。

ここでは office Y.DESK で使用している表記辞書を紹介いたします。

 新聞・マスコミ用表記
 記者ハンドブック 新聞用字用語集』 共同通信社
情報を正確に素早く報道しなければならない新聞などで使われている表記を集めた辞書です。新聞・マスコミ表記は、だれもが理解できる平易な文章で分かりやすい記事にすることを目指した表記です。
 速記・議会用表記
 標準用字用例辞典』 社団法人 日本速記協会
人の発言をそのまま書き起こす速記者たちの表記を統一するために編集された辞典です。
主に官公庁における公文書作成のための表記として、広く使用されています。
 一般用
 
現代国語表記辞典』 三省堂
[新聞] [公用文]と両方が編集されていますので、使い分けを確認するために使用しています。

お客様から特にご指定のない場合は、
  記者ハンドブック 新聞用字用語集を使用させていただきます


 九州から房総半島へ・・・

1958年、福岡県北九州市で生まれました。
緑豊かで人情あふれた地で子ども時代を過ごします。
9歳の時に製鉄所勤務の父が千葉県君津市の製鉄所に転勤となり、この房総半島へ一家で移住。 当時、製鉄所の規模拡大ということで、北九州のみならず北海道や東北からも人々が続々とこの地へ移住してきました。私たちはその現象を「民族の大移動」と言いました。(ちょっとオーバーですが……)
私のクラスだけでも毎日2人ずつ転校してくるほどで、それほど君津市の人口は爆発的に増えたのです。
いつの間にかクラスの80%が他県から来た子どもたちに占領されました。
当然この町では、北九州弁と千葉弁が入り混じるという現象が起こりました。
地元の子どもたちは右を向いても左を向いても聞こえてくる九州弁に影響を受けたのか、そのうちに九州弁を話すようになりました。
言葉を聞いただけでは、その子が北九州から来た子なのか、それとも地元の子なのか分からなかったほどです。
やがて、地元の友人のご両親や町の人たちと話すうちに、私はこの房総半島がすっかり好きになりました。

富津岬も近く、風に乗って磯の香りがただよってきます。
四季折々にさまざまなイベントが行われるマザー牧場は最高です。
春には少し遠出すれば房総フラワーラインで美しい花々を見ることができます。

房総半島へ来て30年以上の年月が流れました。
民族の大移動があったころの父親たちは、ほとんどの方が定年を迎えました。
今では、父の世代の人々もその子どもたちも皆この地を愛し、故郷としています。




      



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