
●アポトーシスとは?
アポトーシスとは「細胞の自然死」の事で、予めプログラムされた細胞死のことです。
植物の落ち葉、胎児の指の形成、がん細胞の死滅・・・・。一見無関係に見えるこれらの現象
に共通しているのが、細胞が自滅するように死んでしまう現象です。
このアポトーシスを解析し、病気の本質を捉える事によって、新しい治療法を確立しようとする
研究が近年世界中で盛んに行われています。ヒトゲノムやアポトーシスの解析が進むにつれ、
現在では不治の病と例えられている病気も何れはその本質が解明され、治療法が生まれるに
違いありません。筆者ら患者側から見ればこれらの研究が進むことは大いなる喜びであり希望
です。こうした技術を応用した新しい治療法が早期に確立されること強く願っています。
●アポトーシスが切り拓く新しい治療法
東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター
原 まさ子 教授
■増殖・分化・死のバランスが崩れると病気になる
アポトーシス研究の発展にともない、病気に対するとらえ方は大きく変わってきています。病気
といえば以前は,ある種の細胞が死んで働かなくなることが最終的な原因と考えられていまし
た。ところが、現在では細胞の増殖と分化、そして死のバランスが崩れてしまうことが「病気」と
理解されています。アポトーシスの発見により、正常な状態でありながら,ある種の細胞は散発
的に自ら死を選んでいるほか、それとは反対に、死なないがために病気になることもわかってき
たからです。
アポトーシスが関与している病気としては、ガン、エイズ、自己免疫疾患、ウイルス感染症など
が代表的です(図1)。

(図1)
このうち、ガン、自己免疫疾患、ウイルス感染症などはアポトーシスがうまく起こらないがため
に発生する病気です。逆にエイズはアポトーシスが不要に起こるがために起こる病気といえます。
たとえば、ガンについて見てみましょう(図2)。

(図2)
アポトーシス関連因子にp53という遺伝子がありますが、これは細胞が障害を受けたときに、D
NAを修復する一定期間だけ、細胞の周期を止めておく働きをしています。しかしp53が変異して
本来の形を変えてしまったり、何らかの要因によって不活性化されてしまうと、傷ついたDNAの
複製が行われて、変異DNAを持った細胞が異常に増殖してしまう。これがガンのメカニズムで
す。ガン細胞にp53の遺伝子を入れてやると、ガンの増殖が抑えられるということが実験からわ
かっています。
アポトーシスを抑制する働きのあるbcl-2遺伝子が活性化し過ぎた結果としてリンパ球が異常
に増殖し、腫瘍化したガンもあります。ガンとはこのようにアポトーシスの誘発と抑制のバランス
が崩れることで、異常な細胞が増殖し続ける病気なのです。
■アポトーシスを制御できればエイズの治療も可能に
アポトーシスが促進されることによって起こる疾患の例も見てみましょう。エイズウイルス(HIV)は
免疫反応の中心を担うヘルパーT細胞の表面にあるCD4という分子に特異的に結びついて、
T細胞をアポトーシスにおとしいれます。このヘルパーT細胞が減少すると正常の免疫機能が
働かなくなるために、カポジー肉芽種やさまざまな感染症を併発し、エイズウイルスに感染し
た人を死に至らしめるのです。逆に言うとアポトーシスを抑制することができれば、エイズウイル
スに感染しても発病を食い止められる可能性も出てくるというわけです。
これとは反対に、EBウイルスやアデノウイルスのように、感染した細胞を不死化させて、アポト
ーシスを免れさせ、ガン化させてしまうウイルスもあります。このように,いろいろな病気の原因
がアポトーシスとの関連によって説明できるようになってきたのです。
最後に私の専門のなかから自己免疫疾患のひとつ、全身性エリテマトーデスについても触れ
たいと思います(図3)。

(図3)アポトーシスによって説明される全身性エリテマトーデスのメカニズム。
免疫異常による自己反応T細胞やB細胞の存続が、組織障害につながる。
この病気は、顔にチョウが羽を広げたような発疹がでるのが特徴ですが、関節や内臓などにも
炎症を起こし、とくに腎臓とか中枢神経に症状がでると死に至ることもあります。
自分の細胞のDNAに対する抗体をつくり、その抗体とDNAとの免疫複合体が組織に沈着す
ることが原因で、いろいろな症状を引き起こします。それ以外にも、核や血液の中の成分に対し
て自己抗体をつくってしまいます。
■bcl-2によるアポトーシスの抑制が自己免疫疾患を引き起こす
私がアポトーシスの研究を始めたきっかけは、この病気と同じような症状を示すネズミがいるこ
とを知ったからです。アポトーシスは,細胞外からのシグナルを受けてFas遺伝子の発現が高ま
り、細胞の表面にFas抗原をたくさん表出、これを目印にやってきたFasリガンドと結合することで
成立します。ところが、lprマウスというネズミは,Fas遺伝子に異常があるために,Fasの発現が
なくアポトーシスが起こりません。本来なら死ぬべき自分の体を攻撃するリンパ球が生き残っ
て、自己抗体をつくってしまいます。やはり遺伝子の変異でFasリガンドが欠損しているネズミも
同じような症状を示します。
ではbcl-2との関係はどうかというと、これを組み込んだネズミはアポトーシスが抑制され、同じ
ような病気を起こすということがわかってきました。
そこで人間でも同じような理由でこういった自己免疫現象が起きているのではないかと考え
て、全身性エリテマトーデスの患者さんの血液のなかのT細胞とB細胞のFas抗原の発現を調べ
てみました。するとFas抗原の発現は正常な人に比べてむしろ高く、Fasに対する抗体でリンパ球
を殺してみてもちゃんと死にました。
ネズミと違って発現も高いし,機能もきちんとしているのに自己反応性のリンパ球が生き残っ
てしまうのはなぜだろうと思いました。bcl-2について調べてみた結果,B細胞の方は正常人と
大差ないのですが、T細胞の方は病気が激しい人の方が発現が高いことがわかりました。
■アポトーシスを特異的に誘導・抑制病気の発症を抑える新しい治療
実際のところ、アポトーシスは促進されているのか抑制されているのか、いったいどちらなので
しょうか。そこで次にbcl-2と対になって機能するアポトーシス促進遺伝子Baxの発現を調べてみ
ました。するとbcl-2の方がBaxの発現より高いことがわかったのです。やはり全体としてリンパ
球のアポトーシスは抑制傾向にあるというのが結論でした。
すなわち自己免疫疾患とは本来ならアポトーシスによって排除されるはずの、自己に反応する
ような細胞が排除されずに自己反応性の細胞が残ってしまうことが原因で起こるのです。
こうした病気はいずれも、本来ならアポトーシスが起こらなければいけない、あるいは起こって
はいけないといった状況のバランスが崩れている状態で起こります。そうであれば、アポトーシ
スと病気の関連が今後より詳細にわかってくれば、問題となっている箇所のアポトーシスを特異
的に誘導,あるいは、抑制することで病気の発症を抑えることができるようになるかもしれませ
ん。それが私たちがいまめざしている新しい治療の可能性のひとつになっています。
日立ハイテクノロジーズ
第11回サピエンス 生と死の謎を解く「アポトーシスの科学」講演内容から抜粋。
●プロフィール

原 まさ子
所属:東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター
学歴、職歴:
1969年 慶應義塾大学医学部卒
1969-1977年 同大学附属病院内科助手
1977年 医学博士号授与
1977-1979年 英国Kennedy
Institute of Rheumatology, Immunology
Divisionに留学
1979-1991年 防衛医科大学校第一内科講師
1991-1996/7年 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター助教授
1996/8-2002年 同青山病院教授
2002年-現在 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター教授
所属学会、役員:
日本内科学会(日本内科学会認定内科医)
日本リウマチ学会、評議員(日本リウマチ学会登録医、認定医、指導医)
日本臨床免疫学会、評議員
日本アレルギー学会、評議員(日本アレルギー学会認定医)
日本免疫学会
日本炎症学会
日本結合織学会、評議員

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