
リュウグウノツカイと言う深海魚がいる。おとぎ話の世界で出てきそうな名前だが、実在する魚である。
学術的にはリュウグウノツカイ属・硬骨魚綱アカマンボウ目リュウグウノツカイ科に分類されている。
滅多にお目にかかれない魚なので、生体もよく分かっておらず、幻の魚とも言われている。
ところが、1995年の大晦日の日に、茨城県波崎町で砂浜に打ち上げられているリュウグウノツカイが発見された。

リュウグウノツカイは深海魚でありながら、浅瀬に姿を現すこともあると言う。
世界的には8m近い巨大な姿が目撃された例もあるようだが、比較的発見事例が多いのは
上記写真の様な3〜4m級らしい。鱗は有るのか無いのか分からないが、形はサーベルフィッシュのように細長い。
頭と顎のような場所から何やら長い髭のようなものが出ているので、これで餌を誘き寄せるのだろうか。
ちょっと見た感じでは、深海魚特有のグロテスクさこそ無いが、我々が普段お目にかかる魚と比べると、
やはり一種独特な雰囲気を漂わせている。
しかし、どのあたりが「竜宮の使い」なのか?と言う質問は、「リュウグウノツカイ」に対して余りにも失礼である。
リュウグウノツカイ側から見れば、そんな名など全く意味を成していない。むしろ迷惑がっているかもしれない。

ジュゴンを人魚と称することもあるように、現実世界に生きるもの達の姿は、我々が身勝手に
イメージする姿からは、ほど遠いことが多い。しかし、この考え方そのものが極めてナンセンスな
ことであり、ジュゴンの側から見れば、大きなお世話なのである。人間の考える「美しい」と
ジュゴンの考える「美しい」が一致しようはずもない。
人間はその生き物が空想上のもので有ろうと無かろうと、似ていようがいまいが、結果として何らかの
名前を与え、そう呼ぶことを当たり前として来た。しかし、見た目の印象と名前の持つイメージが重なれば
重なるほど、印象深く心に宿り、その生き物が可愛ければ可愛いほど、人気が出るものである。
パンダやコアラなど、その典型であろうが、童話や絵本によって子供達が頭に描いているイメージと
現実の生き物の姿は、見かけは似ていても本質的なところでは全く異なっている。
そうとは知らぬ無垢な心の持ち主が、餌を与えようと近づきすぎ、悲惨な結果を招く事もある。
しかし、それでも尚、夢を持つことは大切だ。
この魚を見て、リュウグウノツカイと名付けた方は、この魚が悠然と泳ぐ姿に、浦島太郎を見たのかもしれない。
この魚が竜宮城の使者として人魚と共に泳いでいる姿を想像すると、何とも楽しいではないか。

竜宮城の使者と考えると、恐れ多く思えてしまうが、
好奇心旺盛な筆者は、是が非でも見てみたいと考えてしまうのである。
出来ることならば、釣り上げ、その生体について研究してみたいところだ。
かくして、筆者らはリュウグウノツカイを釣り上げるべく、プロジェクトを組み、
南西諸島は宮古島近海の日本海溝に向かうことにした。
ここで、深海について簡単に説明しておこう。
陸から深度200mまでの比較的緩やかな斜面を大陸棚と言う。
大陸棚が終わると、その先は急に深くなり、時には数千mに及ぶドロップオフとなる。これを大陸斜面と言う。
大陸斜面の先は深海底と呼ばれる平坦地が広がっている。ここは海底の最も広い部分で、その面積は実に
地球の表面積の半分にも及ぶ。そして、その深海底の一部には海溝と呼ばれる地球の裂け目が存在する
部分がある。その深さは日本海溝の最も深い場所で約8400m、マリアナ海溝では実に11000mにも及ぶ。
日本海溝は日本の太平洋側を東北地方沖から小笠原方面に向けて、また沖縄沖などに多数点在し、その距離は
約800Kmにも及ぶ。そうした中で宮古島沖には、深度5000mに及ぶ急峻な大陸斜面があり、深海底に達した僅か
数十km先に深度6500mに及ぶ日本海溝が存在する。この海溝斜面には地殻活動の盛んな熱栓が吹き出している
箇所がある。海溝のような溝には通常、餌らしい餌も無く、生物も殆ど姿を見せないのだが、こうした熱栓があるような
場所には本質的に微生物が集まっている。それら微生物を狙って600気圧以上の猛烈な水圧下に深海魚が集まって
くると言う訳だ。

宮古島近海の深度6480m付近に存在する熱水湧出帯生物群
我々の目的地はこの熱栓のある海溝に繋がる沖縄トラフ上にある斜面である。宮古島の比較的近海とは言え、
目印らしいものは皆無に等しく、こうした中でこの目的地を正確に探り当てるには最新のGPSシステムと、この
超高感度超音波方式海底調査センサーが欠かせない。このセンサーは我々が独自に開発したもので、
深度10000mにおいて、最大分解能1mと言う性能で地形をディスプレイ上にリアルモニターさせる事が出来る。
余談だが、本センサーの高性能が認められ、近く海洋科学技術センターへ納品される事になっている。しかし
現段階では処理速度の関係で1スイープに5秒を要すると言う課題があった。
仕掛けは、竿がアリゲーター技研製のトカラ240、リールはPENN International
のモデル1500で、ミチイトにPE60号を
10000m巻く。ハリスはサンラインのフロロ60号を2m、針はイシナギ釣りに常用されるインタ−フックスタンディングSP、
錘は茄子型1950号を使った。餌には当初、蟹などの甲殻類を考えていたが、水圧で破壊されてしまうため、結局、
何種類かの白身魚の身の部分をすり鉢で粘りけが出るまで丹念に捏ね、粘質状になった段階で、中部にシマッタに十分
浸したオキアミを数匹盛り込んで団子状に形成したものを使用することにした。リュウグウノツカイは、オキアミなどの海老
類を好んで食するらしい。
この餌が途中で外道に採られないよう、餌の外側は隙間のあるアルミナ質のカゴで覆われる形になっている。このカゴは
釣り糸とは別糸で繋がっており、目的の深度に到達した時点で蓋が開き、餌が剥き出しになる仕組みになっている。
カゴは開いたと同時に、餌に影響を与えずに上部に引き上げられる構造になっており、外れて環境破壊に繋がるような
事のないよう工夫がされている。
現在の位置は宮古島から南西へ約30km、北緯24度40分、東経124度40分付近で、超音波センサーは
深度5200mを示していた。ディスプレイ上には海底の形状がモニターされ、ところどころに裂け目と思われる
箇所が確認された。船をゆっくりと走らせながら海溝をモニターし、目標の箇所を探し出していく。
1時間ほど探しただけで目的の熱栓を発見することができた。この場所でアンカーを打ち船を固定させる。
アンカーは到底海底まで届くことは無いが、海は平穏な為、船を固定させる上では打つだけでもかなりの効果がある。
熱栓までの深度約6400m。我々はウルトラ最強ラークで竿を船べりに強力に固定し、ゆっくりと糸を水中へと沈み
こませていった。
糸は勢いよく真っ直ぐに水中に下降していった。その速度、毎秒6m。時速21.6kmに相当する。錘は1号当たり3.75g
なので、1950号の錘は7312.5gの質量となる。地上では相当な重さだが、6000m以上の深度を狙う我々にとっては
むしろ軽めの設定だ。錘が深度6400mに達するまでには順調に行っても18分を要する。これほどの深度での釣りの経験
は正直言って全くないので楽しみだ。ディスプレイには錘が下降して行く様子がモニタされていた。順調に思えた作業だが、
錘の深度が500mに達した時、突然下降が止まった。そして次の瞬間、竿が大きくしなり、もの凄い力でリールから糸が
走り出した。目標の深度に達する前に何者かが餌の入った籠をくわえ込んでしまったのだ。リールのドラグを開放から最大
に設定し、オートモードをマニュアルモードに切り替えて強引にリールを巻き始めた。このリールは5段階のオートマチックギア
構成になっており、1段では1回転で約10cm、5段では1回転で約2mを巻き上げることができた。ドラグ耐力は実に1tにも
及ぶ強力なベアリングで構成されている。。超音波センサーは優に2mはあると思われる謎の魚影を捉えていた。一体何が
掛かったのか。筆者は渾身の力でリールを巻いた。
それにしても引きが強い。鯖や鰹のように横に走る訳ではなく、さりとて真鯛のように下に向かって引く訳でもない。ずしりと
重く、まるで九絵の様な引き方だ。渾身の力でリールを巻き続けた筆者は、何とか水面下10mまで謎の魚を引き上げた。
魚影が海面からも見えるようになる。でかい!2.5mはありそうだ。だが、髭の姿が見当たらない。どうやらリュウグウノツカイ
ではなさそうだ。魚は表層近くで最後の足掻きだろうか、体をバタバタと振るわせて、大きく暴れた。暴れる魚を傷つけない様に
二人の力を借りて、大型のタモで船体に引き上げた。筆者らも息を切らせていたが、魚も疲れたのだろうか。体は動かずに、
船体の上で口をパクパクさせていた。筆者は大きく深呼吸をして、あらためて引き上げた魚をじっと見た。この姿、
テンガイハタだ。テンガイハタはリュウグウノツカイの仲間である。

これは幸先が良い。リュウグウノツカイではなかったものの、これほど大型のテンガイハタは学術的にも貴重な存在だ。
筆者らは専用に設計した縦5m、横3m、深さ1.5mの大型水槽にテンガイハタを丁寧に入れた。テンガイハタは、
水槽の中で悠々と泳ぎ始めた。どうやら命の心配はなさそうだ。筆者は、あらためて仕掛け製作し、リュウグウノツカイを
求めて再び海の中に鎮めて行った。(つづく)
☆3D−CG製作協力:樋口さん

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