英  泉
伊奈川橋と岩出観音堂
橋を思い切り上に上げ、身もすくむ
高さを強調している
ここにもあった七曲。東海道岡崎宿の二十七曲とは規模は違うが、
戦略上道を左右に曲げて造られた町並み6町3尺。
本陣は壁がなく板一枚で仕切られていたとの記録も残る。これは
寛政3年(1791)の火災で焼失したため、建替えたときに貧しくて本
建築ができなかったのであろうか。
明治27年の火災により当時の面影は失われた。
40・野尻宿(天保十四年)
日本橋から七十七里六町四十七間
現代の宿駅 JR中央本線野尻駅
人口   986人
家数   108軒
旅籠    19軒
本陣     1軒
脇本陣    1軒

JRトンネルを過ぎた右の廃業したかのようなホテル付近が関山関所跡
やがて道の駅大桑、トイレと喉が渇いたのでソフトクリームを求める。10分休憩し出発。500mほど歩くとのぞきど森林公園の標識があるところから、右に入る。
JR踏切を越えた右手に木曽川の大桑発電所を見、再びJR踏切を渡り野尻宿に入る。

高札場跡
坂道を進むと分岐道、これは左。すぐに次の分岐は右に進む。左のカーブミラーの横に高札場跡の小さな標識のみが立つ。手前に「南無妙法連華経」と彫られた大きな石碑。この台石はイボ石 「イボイボ渡れこのはし渡れ」と言いながら、イボを箸でつまんで台石に置くしぐさをすると、イボが取れるとのこと。
高札場の先から道は曲がり狭い道の両側に家が並ぶ。三軒目がはずれ尾上家 はずれとは宿場の外れという意味でここが東の外れ。少し先に墨が消えそうな立札が立つ本陣跡 森家が勤め、問屋も兼ねた。今は宗教団体?のセンター。右先に脇本陣跡があった。

イボ石
宿場内 本陣跡 古い建物も残る

16時55分  JR野尻駅に到着。予定通り1時間内で歩いた。今回はここまで。49916歩
名古屋まで中央本線、新幹線に乗り継ぎ帰途。

平成16年7月27日(火) 晴れ 野尻宿〜三留野宿〜妻籠宿〜馬籠宿 約24km


時間の節約
深夜に移動
この夏は37〜8度と異常高温が続く。前回のように3泊4日の行程では熱中症の可能性もある。次回以降の行程も検討し、今回は2日の行程とする。
効率よく移動するには乗車時間を夜間の列車か、バスが良い。
今回は東海道本線夜行普通指定「ムーンライトながら」が一番乗継が効率的。初めて「青春18キップ」を利用。5日間普通電車を乗り放題で11500円。1日あたり2300円。普通列車は少なくなっているが、上手く乗りこなせれば断然お得。18歳以上でも購入でき、最近シルバー層に静かな人気を呼んでいる。
青春18キップ

辻堂駅0:25〜平塚駅0:34、同0:44「ムーンライトながら」家族連れ、若者グループ、一人旅の老若男女と満席。夜行バスのように車内灯が消えないのでなかなか寝付けない。ウトウトするうちに6:05名古屋駅、同6:18中央本線に乗換。7:33中津川駅、もう一度7:39松本行きに乗換。8:26野尻駅に到着。
駅員さんと朝の挨拶。「何処まで行かれますか」「中山道を今日は妻籠まで」「親戚の者が数年がかりで木曽路を歩きましたよ」「私も去年から歩いています」「今日は暑くなりそうですから気を付けて」「ありがとうございます」
8時32分 駅前を出発。朝の宿場はまだ人通りもない。
郵便局の先に西のはずれ吉村家 東の尾上家より大きい。公民館前の一里塚跡碑を見て、道なりに1kmほど進むと左に国道19号<野尻>信号に接近する。右は<JR中仙道第三踏切>、この踏切を渡る道は名勝阿寺渓谷へ至る。中山道はJR線路に沿った下り道。左は国道の下になり林。やがて道は行き止りとなる地点に<JR第十三踏切>これを渡り、今度はJR線路を左に見ながら田んぼの中を進み<JR第十四踏切>で再び左に出る。国道とJRに挟まれた道を進む。

吉村家
中山道膝比べ 須原 三留野