2010年
7月10日
最近twitterで呟いています。"yuuchiyama"で検索してください。このページだとアップロードの手間があるのでなかなか書き込みが進まないのですが、twitterだと気軽に書き込めるので、結構頻繁に更新しています。ダダ漏れにならないよう気をつけねば。
4月9日
新著公刊のため、久しぶりの書き込みです。中公新書の『小泉政権』に安倍内閣などその後の展開について加筆した英文版、Koizumi and Japanese Politics: Reform Strategies and Leadership StyleがRoutledge社より公刊されました。よろしくお願いいたします。
今回の出版で少々驚いたのは、出版社がチラシのファイルなどを送ってきて、「著者もしっかり本をPRせよ。学会やコンファレンスなどでこのチラシを配
れ」と言ってきたことです。PR法のノウハウを書いた文書ももらいました。そこで、先週末から今週頭にかけてイェール大学でコンファレンスへの参加と出張
講義なるものをしてきましたが、そこで宣伝させていただきました。イェール大学政治学部の斉藤淳先生には、貴重な機会を与えていただいたことを心からお礼
申し上げたいと思います。
2008年
7月1日
先日、日本公共政策学会事務局長を拝命しました。「長」とつくものの、事務局員はいません。会報を封筒に入れて発送するような作業も一人でやらなくてはならなくなりそうです。日常業務や子どもの世話で、ただでさえ首が回らず苦しんでいるところに、どうなることやら・・・
追記:2009年春、体調不良により事務局長の職を任期途中で辞しました。御厨貴会長、後任の牧原出事務局長を始めとして、関係各位に多大な御迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします。
2007年
7月31日
参院選、自民党は予想を上回る敗北でしたね。2005年の衆院選では自民党が歴史的勝利を収めたのにもかかわらず、たった
2年でこれだけ自民党が支持を減らすとは、構造的な政党支持が弱くなっていることをあらためて感じます。それにしても、これから政府与党の法案が通りにく
くなるのは確かです。重要法案が次々と頓挫するような事態にでもなれば、二院制の存在意義に関する議論が高まるのは間違いないでしょう。今後の国会運営が
注目されます。
ところで、遅くなりましたが、6月には新聞各紙で『小泉政権』を取り上げていただきました。特に、6月3日付の朝日新聞と読売新聞でそれぞれ書評をしていただいた小林良彰先生と川出良枝先生にお礼申し上げます。
5月10日
『小泉政権』、おかげさまで皆様に買っていただいているようです。どうもありがとうございます。また、周囲からもご感想を
いただきつつあります。それによれば、下に書いた「わかりやすさ」と「論理性」の両立も、おおむね成功したようです。また、同業者である政治学者や、官僚
など政策決定の現場にいらっしゃる方々から、大変有益なコメントをいただいています。心より感謝いたします。(事情が許せばそれらの幾つかをこの場で紹介
していきたいと思います。)
4月9日
例によって(?)ご無沙汰しておりました。新学期も始まることだし久しぶりにページを更新するか、と思い立ったのですが、改めて見ると、一昨年夏以降更新していませんでしたね。
さて、今月25日、中公新書から新著『小泉政権―「パトスの首相」は何を変えたのか』が公刊されます。内容の詳細は買って読んでいただくとして(よろしく
お願いします)、今回は、一般向けの本を書くことの難しさを感じました。一応、政治学の理論的枠組みがベースにあるのですが、政治学の専門用語を使用せず
にその趣旨を伝えなくてはならないのが苦労の種でした。また、論理的に緻密に表現することと、わかりやすく書くことを両立する難しさも思い知らされまし
た。その成果を是非ともご覧ください。
2005年
7月7日
御無沙汰しておりました。久々に更新する気になったのは、ロンドンで起こったテロにショックを受けたからです。実はこの3
月、ロンドンに1週間ほど滞在し、リサーチをしてきました。妻(藤田由紀子)もリサーチするというので、子供も連れて家族3人で行き、昼間は子供をシッ
ターさんに見てもらっていました。で、そのとき泊まっていたホテルが、バスと地下鉄の爆破が起こったラッセルスクエアのすぐそばにあったのです。帰宅して
テレビを付けると、見慣れた(といっても1週間ですが)町並みが惨状を呈しており、驚愕するとともに戦慄を覚えました。
この事件で改めて認識さ
せられたのは、東京がテロの対象になる可能性は決して低くないということです。海外の公的機関に勤めている知人によれば、海外における小泉首相のプレゼン
スは、日本人が思っている以上に大きいそうです。すなわち、日本が狙われる確率もそれだけ高いということですよね。警察庁はテロ対策に本腰を入れて取り組
んでいますが、国際テロに関する新たな環境に対応できるだけのリソースを日本の警察が有しているかどうかが重要な問題だと思います。カッツェンスタインがCultural Norms and National
Securityで
指摘するように、従来の日本警察のテロ対策(従来のテロは極左勢力によるものが中心でした)は、できるだけ実力行使を回避してソフトな手段を利用するとい
う特徴を持っていました。しかし、現在の状況はそのような伝統的手法では対応しきれないものではないでしょうか。私は何も警察国家を称揚しているわけでは
ありませんが、政治学者として、警察政策の「構造転換」がなされうるのかどうか、深い関心を持っています。(それにしても、今後は英国でも入国管理の強化など様々な形で規制強化が進んでいくでしょう。ますます奴らの術中にはまっているような気がしてなりません・・・)
1月13日
明けましておめでとうございます。すっかり更新が滞っていましたことをお詫びします。言い訳をさせていただきますと、かつ
て都立大のサーバを使っていた頃には、授業や会議の合間などのちょっとした時間を利用して更新していたのですが、JCOMのサーバを使用するようになって
から、自宅でしかファイルのアップロードができなくなりました。自宅だと子供の世話などに時間を取られ、なかなかホームページを更新する余裕がありませ
ん。今日は珍しく早起きしたので(というか不眠症気味で眠れないので)、久しぶりにこれを書いています。
さて、今年も入試の季節がやってきまし
た。昨日はまた入試問題の袋詰め作業にかり出されました(昨年1月23日付本欄参照)。実は、今年度始めの入試委員会で、「本来ならば教員が研究・教育に
かけるべきエネルギーが失われているという点で、袋詰めなどの作業は多大な機会費用を伴うものである。こうした作業は外部委託すべきだ」と主張したのです
が、(案の定)無視されました。中腰やかがんだ姿勢で作業したので、すっかり腰が痛くなりました。せめてマッサージ代くらい特別手当として出してほしいも
のです。
2004年
4月9日
昨夕、イラクで邦人3人が誘拐され、犯行グループより、3日以内に自衛隊が撤退しないと殺害するとの声明が出されました。昨
晩の段階では、日本政府は自衛隊撤退の意思はないとの立場を表明していましたが、実際どのような選択を行うでしょうか。こんなとき考えてしまうのは、日本
政府の選択を始めとした一連の状況をゲーム論で説明できるのか、ということです。聡明な合理的選択論者ならば洗練された説明を提供してくれるでしょう。し
かし、貴重な3人の人命が政府の選択にかかっているというこの状況は、「政治」が本質的に持つ重荷や苦悩を具現化しているように思います。それに、本人た
ちやその家族や親友たちの不安はいかばかりのものでしょうか。手段は卑劣とはいえ、犯行グループたちも相当に悲壮な決意を持っているはずです。「政治」に
伴う矛盾や、こうした人たちの「生」を、ゲーム論は叙述することができるのでしょうか。シェルドン・ウォリンの次の言葉が思い出されます。「著述家たちは
太古の昔から、支配の『重荷』について、選択の『苦悩』について、強制力を行使せざるをえない当事者たちの『罪責』について語ってきた。これらの行為を賭
博者たちの打算と同一視したり、『政策決定』や『アウトプット』と記述することは、この類比の両側面を歪めてしまうことである。仮に、例えばゲームをする
とき、そこに苦悩や重荷や罪責が常に感じられるとすれば、ゲームという考え方を取り巻く暗示的コンテクストの全体が失われ、誰もゲームをして『遊ぶ』とい
う気にはならないだろう」(ウォリン『政治学批判』みすず書房、1988年、141−2頁)。あちこちで勧めていますが、ウォリンの『政治学批判』、その中でも特に「職業としての政治理論」は本当に名論文です。政治学の意味について深い示唆を与えてくれる言葉に満ちています。ウォリンとは比肩すべくもありませんが、『デモクラシーの政治学』中の拙稿も是非お目通しください。
1月23日
先週の土日に大学入試センター試験がありました。私は入試委員という役職に就いているので、その数日前に入試問題の袋詰め
作業をやらされました。問題冊子と答案用紙の枚数を数え、各試験室用の袋(何十袋もある)に入れていくのですが、結構な重労働で、丸半日かかりました。通
産省の末端官僚時代に、アルバイトの女性と一緒に自民党の商工部会や総務会用の資料を袋詰めしたことを思い出してしまいました。おまけに、当日は授業が
あったのですが、大学からは「授業よりも袋詰めを優先せよ」との命令でした。袋詰めという単純作業になぜ大学教員の労力を投入しなくてはならないのか疑問
でなりません。「機会費用」という概念を知らないのでしょうか。袋詰め作業に割く労力は本来なら研究・教育に振り向けるべきものでしょう。特に、今年から
大学が法人化すると資源の効率的配分が一層重要となるわけですが、こんなことでは先が思いやられます。
こんな作業は外部委託すればいいと思うんですが、どうでしょう。問題の漏洩などが心配なのであれば、厳重な守秘義務を課した上で、違反業者には今後の受託を禁じるとともに損害賠償を請求するようにすればいいのではないでしょうか。
先日某省の官僚と飲んだときにこの話を愚痴ったら、「入試は大学にとって『聖域』だから外部者には手を触れさせたくないんじゃないか」とのことでした。確
かにそうかもしれません。「合理性」よりもcultural
normsが効いているわけですね。ちなみに彼らは、「『民間人を入れれば大学は良くなる』という発想はおかしい。民間人なら誰でもよいというものではな
い。それよりむしろ開明的な役人を入れた方が改革は進むのではないか」とか、「21世紀COEは意味がない政策だ」と言っていました。私も大筋で同感で
す。
2003年
12月25日
子供(4歳)が風邪を引いてしまい、2週間ほど保育園をお休みしてしまいました。妻と交代で世話をしていたのですが、先
日、私と妻の授業が重なり、授業スケジュールの関係で双方とも休講にもできないので、仕方なく子供を大学に連れて行くことにしました。最初は子供を脇に置
いて授業をしようかと考えていたのですが、事務室の石川さん始め皆さまのご厚意に甘えて、教官談話室で子供を見ていただきました。道垣内先生に鼻水を拭い
てもらったり、柴田先生に絵本を持ってきてもらったり、法学部の内田先生にチョコレートをもらったりと先生方にも随分遊んでもらったようです。子供も「ま
たパパの大学に行きたい」などと言っておりました。理解のある皆さんに囲まれて、環境の良い職場だとつくづく感謝しています。それにしても、かつての「林
真理子・アグネスチャン論争」が隔世の感ですね(覚えていますか? アグネスが仕事に子供を連れて行ったら、林が「けしからん」と噛み付いた事件です)。#今度は教授会に連れて行って、「あのおじちゃん、話が下手!」とか叫ばせてみようかな・・・
12月12日
昨日は、私が担当委員となっている研究会(相関社会科学研究会)
において、総務省交付税課長・本学客員教授の岡本全勝氏にお話しいただきました。大蔵省/財務省の予算査定様式の変化を中心テーマとしたもので、数字デー
タや豊富な実体験を踏まえた大変に興味深いお話しでした。その後、同僚の先生も交えてお酒を飲みつつ色々と議論しました。こうした「異業種交流」は互いに
刺激を与えあうことのできる貴重な場です。それにしても、岡本先生のヴァイタリティには頭が下がります。交付税課長という激務(周知のとおり交付税は三位
一体改革の一角をなします)にありながら、著書を執筆されたり、駒場で講義されたり、しかもまめにホームページを更新されています。見習わなくては・・・
(岡本先生のホームページはこちら)
11月21日
一年以上も更新を怠っていました。駒場での授業評価アンケートで「ホームページを更新してほしい」との要望があったこともあり、更新を再開します。
久しぶりの「雑感」なのですが、悲しいお知らせから始めなくてはなりません。佐々木毅門下の兄弟子である福田有広氏(東京大学大学院法学政治学研究科助教
授・政治思想史専攻)が急逝されました。39歳の若さでした。福田さんとは意見が合わないこともありましたが、その学問業績については深く尊敬していまし
た。余りの衝撃に月並みな言葉しか思い浮かびませんが、本当に惜しい方を亡くしました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
ところで、去る11月14日、日本経済新聞の「経済教室」に拙論が掲載されました(こちら)。
今回の総選挙は「マニフェスト選挙」と呼ばれましたが、政治改革の目的であった「政党本位・政策本位の選挙」の実現といえるのかどうかについて分析しまし
た。日本公共政策学会の報告ペーパーの論旨を基にしたものです。字数の制約と論理を明確化する必要から、日英の政治、特に英国政治を
oversimplifyしてしまったので、専門家の方からお叱りを受けるかもしれません。また、日英の政党構造の相違に着目するという点は山口二郎先生
の一連のお仕事に大きな示唆を受けたのですが、そうした引用文献についても文中に出せませんでした。いずれ論文(又は書籍)の形でパブリッシュする際に
は、こうした点を修正したいと思います。
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