○智光院のこと

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写真[蓮の花]
蓮の花

宗派とご本尊さま

写真[ご本尊・釈迦牟尼仏坐像]

●片岡山 智光院 (へんこうざん ちこういん)は、臨済宗妙心寺派に属する、禅宗のお寺です。

●ご本山は、正法山 妙心寺(京都市右京区花園妙心寺町)です。

●ご本尊(右写真)は、釈迦牟尼仏(おしゃかさま)です。

●脇仏として、延命地蔵菩薩(おじぞうさま)もお祀りしています。

開山と開基

●寛永7年(1630)の開創です。

●開山(初代住職)… 勅諡無礙浄光禅師覚印周嘉大和尚(妙心寺第132世)

●二世 … 古道宗亘和尚(妙心寺第133世)

●三世創建 … 大麟玄綱和尚

写真[鬼瓦]
玄関の鬼瓦

写真[中興開基・佐藤吉次公坐像]

●開基(寺を作った人) … 天野周防守雄光の夫人・智光尼 (北畠大納言具教の息女です。)

●中興開基(再建した人) … 佐藤駿河守吉次 (美濃伊深の領主です。/伊深正眼寺の開基でもあります。)

→ 始祖・佐藤堅忠のお墓を探しています!情報をお寄せください。

略縁起

写真[灯籠と花]
境内の風景

寛永7年(1630)、天野周防守雄光公の室・智光尼は、嗣子光得の逝去に際し、子の菩提を弔うため一寺建立を発願し、覚印派の一僧侶・大麟玄綱(当時25才)に、東叡山(上野寛永寺)の東・車坂あたり(現在のJR上野駅近辺)の土地700坪を寄進しました。大麟和尚は、自分の師匠である覚印周嘉を開山(初代住職)に、兄弟子の古道宗亘を第二世に勧請し、自身は第三世住職として一寺を創建しました。ここに「智光院」が起立しました。

写真[ベニシダレ(もみじ)]
シンボルツリーのもみじ

その後、佐藤駿河守吉次公の助力により、起立から2年弱を経た寛永10年(1633)の春には、諸堂宇が整いました。吉次公はその後寛文9年(1669)にも、諸堂の再建をされました。

写真[格子の模様]
書院窓の格子模様

宝永2年(1705)、智光尼は戒名を変更しました。最初の戒名は「桂昌院殿心月智光尼大姉」、それが「智光院殿心月寿桂尼大姉」と変わりました。江戸五代将軍徳川綱吉公の生母である桂昌院が同年6月22日に亡くなり、その直後に改名をしているようなので、「国母」と呼ばれた桂昌院との同名を避けたものと思われます。桂昌院と智光院には、また別の奇縁があるのですが、その話題はいずれ後の機会に…。

写真[お地蔵さま]
お地蔵さま

元禄11年(1698)、智光院は浅草新谷町8番地(現在の西浅草3丁目26番)に移転しました。浅草での200年以上の歴史を経て後、大正元年(1912)に、東京市の区画整理により、現在地東京杉並に移転しました。

写真[智光院本堂]
本堂

これが智光院の本堂です。昭和34年(1959)に中野区白鷺・真言宗福蔵院の本堂を移築したものです。平成8年(1996)に改修し、正面に新しい向拝を設けました。古い本堂なので、ちょっと傾いております。

写真[瓦を埋めた通路]
瓦を埋めた敷石