憲法通信38号(2003年6月15日号)
6月6日に有事3法を成立させた途端に、小泉内閣は「イラク復興支援特措法案」を13日に閣議決定し、「テロ対策特措法の2年延長案」とあわせ衆議院に提出した。自衛隊のイラク派遣については、小泉首相がイラク攻撃を支持したときから準備されていたと言えるが、小泉・ブッシュ会談で「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」の方針が確定し、さらに6月初旬にウォルフォウィッツ国防副長官やアーミテージ国務副長官らが来日してダメ押しした。この政策決定プロセスには、イラク攻撃の正当性や占領の法的意味、イラク現地の実情や住民のニーズなどの根本的な要素はほとんど考慮外にあり、ひたすら米国の戦略と利益に沿うことによって「米国の側近」としての地位を高め、自衛隊を「海外で戦える軍隊」にしていこうという意図が透けてみえる。
政府原案は、形どおり自民党の同意をとりつける手続きが踏まれた。ところが党内の反小泉派を中心に、「危惧」と「思惑」がからんで異論が出て、原案から日本の支援活動の3本柱の一つ「大量破壊兵器処理支援活動」が削除された。「大量破壊兵器」は米英のイラク攻撃と小泉内閣の攻撃支持の金科玉条だっただけに、「見つかってもいないものの処理を目的にするのはどうか」という党内の「常識的反対」を受け入れざるをえなかったのは、小泉内閣にとって後退である。ところがこれには「大量破壊兵器問題は(政治的妥協の)ノリシロだ」との解説もあり、自衛隊派遣さえ通れば狙いは満たされるという。
安保理決議1483
さてイラク新法案は、冒頭に「イラク特別事態」という言葉を持ち出し、「安保理決議に基づき国連加盟国により行われた武力行使並びにこれに引き続く事態」と定義されている。これは@イラク攻撃を認める安保理決議は存在していない、A攻撃したのは米英であって「国連加盟国」一般ではない、B「引き続く事態」とは「軍事占領」を軸とした戦闘と混乱と不満と困窮の集合であるーーことをごまかしている。
法案はまた、国際法上の根拠を決議1483など安保理の関連諸決議に求めている。しかし決議1483は、攻撃とフセイン政権の崩壊、米英軍の占領権力による支配という「現実」の前に、他の安保理諸国もイラク国民の救援・復興や自国の利害、国連の権威の回復などを計算して「妥協の産物」としてできたものだ。このため、「イラクの主権」や「イラク国民が自由に自らの政治的将来を決定し自らの天然資源を管理する権利」「イラク人が自らを統治する日が早急に訪れなければならない」などの原則が前文に掲げられたにもかかわらず、本文のほとんどは米英の占領権力(「当局」)の実権を認めた項目の行列となっている。
しかし決議第5項にあるように、「すべての関係者」に「特に1949年ジュネーブ諸条約及び1907年ハーグ陸戦規則を含む国際法上の義務を完全に遵守」することを求めている。その意味は、実態としてはすでに明らかだが、「占領」は戦争の一環であり、占領が続く限り少なくとも法的には「戦争状態」が続いているということである。ブッシュ大統領は「戦争終結」を宣言したが、現地のマッキャナン米司令官は6月12日、「軍事的にはイラク全土が戦闘状態で、しばらくその状態は続く」と語っている。このことは日本がイラクに「要員」とくに自衛隊を派遣する上では最も重要な判断基準にならなければならないだろう。
イラク特措法案
イラク特措法案の柱は、「大量破壊兵器処理支援」が削除されたために「人道・復興支援」と「安全確保支援」の2つになった。重点は後者にあるが、前者もまた占領権力の統括と指示の下に入るという意味では戦時国際法の範ちゅうに組み込まれるだけでなく、日本国憲法9条と抵触するおそれが強い。とくに「安全確保支援」とは占領軍の索敵撃滅作戦や治安維持行動の支援となりうるから、なおさらである。
自衛隊について法案は、「武力による威嚇または武力の行使に当たるものであってはならない」と憲法9条に配慮した形をとり、「現に戦闘が行われておらず、かつ、活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」としている。「全土が戦闘状態で、しばらくその状態は続く」イラクには派遣できないことになる。実際、米軍は毎日のように戦闘を行ない、死傷者は絶えない。ところが石破防衛庁長官は「戦闘行為とは国または国に準ずる者による組織的、計画的な武力の行使と整理している」と語った。これではゲリラ的攻撃や自爆攻撃、住民の占領軍への抗議行動に対する武力鎮圧や武器による反撃など、イラクで起こりうるあらゆる戦闘行為は「戦闘行為とはみなさない」ことになる。
法案は「自衛隊は武器・弾薬の提供及び戦闘作戦行動のため発進準備中の航空機に対する給油・整備は行なわない」としている。裏を返せば、「武器・弾薬の輸送」「艦船・戦車・軍用車などへの給油・整備」は行うことになる。政府は「武器・弾薬の輸送もできないことにしたら、コンテナをいちいち開けて確認しなければならず、現実的ではない」と説明するが、武器・弾薬は他の装備品や食糧などと区別もつかないように梱包されているのだろうか。いずれにせよ自衛隊は、戦闘継続中の米英軍に武器・弾薬、給油・整備などの補給活動をすることになる。「医療」や「通信」「建設」では、負傷兵の治療、米英軍の占領と戦闘に必要な通信線の確保、基地・陣地その他の軍事施設の建設が含まれよう。つまり占領に抵抗、抗議するイラク人側にとっては、まぎれもなく「自衛隊は敵軍」になることを意味する。自衛隊は米英軍の武力による威嚇、武力行使と一体のものとなり、PKOなどの原則である「中立性の確保」も消し飛ぶ。法案は自衛隊の武器使用について、「自己又は自己と共に現場に所在する自衛隊員、イラク復興支援職員、もしくは自己の管理下に入った者の生命または身体を防衛するために武器を使用できる」としている。とくに後段は、PKO協力法の改定によって武器使用の範囲が拡大されたものを引き継いでいる。しかし「停戦の合意」や「要員派遣についての紛争当事者の同意」が必要なPKOの場合と違って、イラクにはそのどれもない。したがってこの規定の現実的な意味合いも変わり、自衛隊は自己または自分の部隊だけでなく、自衛隊が補給中の米英軍兵士や自衛隊がいるところに退避してきた戦闘中の米英軍兵士を守るためにも武器を使えることになる。自衛隊による武力行使=戦争参加がありうるという規定である。
なお法案は、法律の有効期限を「4年間」としている。これは米英軍の占領が4年は続くということを想定しているものと読めるが、同時に「別の法律」で何度でも4年ずつ延長できる規定を置いている。テロ対策特措法で後方支援を行ってきたアフガン作戦が終わらず、2年延長を提案することになったため、あらかじめ「十分な期間」をとったものという解説もあるが、安保理決議が「イラク人が自らを統治する日が早急に訪れなければならない」とした占領の暫定性(早期終了)と矛盾している。ただこれも「ノリシロ」との説もあり、野党に「譲歩」した形で1回分の期間は短縮される可能性もある。
政府は、具体的な活動内容、派遣部隊の構成と規模、派遣地域などについては「これから調査する」と言う。立法の根拠となるべき「実情、ニーズ」さえ明確でなく、法案提出者が把握していないということは、立法論からも問題である。民主党イラク調査団長の末松義規氏は、「自衛隊でなければ果たせない支援は見当たらなかった」「自衛隊でなければできない支援とは、武力行使を伴う治安維持などとなるが、『占領軍』への直接参加は憲法に抵触する可能性がある」と語っている。少なくともこれが常識である。
なお先の自民党総務会の議論の中で、自衛隊派遣を個別法で認めるのはやめて、多国籍軍への参加も認める包括的な「恒久法」を作れという意見が出たという。自衛隊の海外での武力行使=集団的自衛権の行使への動きがさらに強まっており、憲法9条の破壊は極限に達しようとしている。
(事務局・筑紫建彦)