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(1)(KKベストセラーズより、1998年3月5日刊)
20年余の若桜木の作家生活の集大成として、プロ作家になる方法、なってから後の地位維持法を詳述した。
多忙な執筆スケジュールを縫ってだったので、時間がなくて自分では書けず、初めて口述の形式を採った。
筆記者は、NHK文化センター出身の華岡紫陽さん(日本推理作家協会員で、かの華岡青洲の子孫)にお願いし、原稿には徹底して朱を入れたので、口述とは分からないと思う。
プロ作家となるための方法論は、柴田よしき氏も述べておられるように「これがベスト」というものは、存在しない。
デビュー当時の出版界の状況(好況か不況か)によっても自ずと違ってくる。
また、その作家が受賞デビューか持ち込みデビューか、コネ・デビューかによっても、何がベストのデビュー法なのかの考え方は、かなり違ってくると思う。
このホームページを覗いて「プロになりたい!」と思った方は、Q&Aのコーナーを参照して、質問を寄せられたい。
但し、忙しいスケジュールを縫ってのことになるので、即日回答のような期待は抱かないでいただきたい。
石川真介氏(鮎川哲也賞受賞作家)が解説。
(2)『牡羊座の兇劇――殺しの幕はあがった』
(3)『牡牛座の兇劇――花菖蒲は見ていた』
(4)『双子座の兇劇――もうひとつ死体が残った』
(5)『蟹座の兇劇――殺戮の紅い雨が降る』
(6)『獅子座の兇劇――血塗りの殺人カード』
(7)『乙女座の兇劇――別荘地に散る死体』
この(2)から(7)にかけては星乃彗理名義で、矢島誠氏との合作。
1994年3月〜同年8月にかけて6カ月連続で、徳間オリオン(徳間書店の子会社)から刊行された。
大部分において、ちょうど霧島那智がスタートした直後の時期とも重なっており、執筆は超ハード・スケジュールだった。
日程に追われて、400字詰め原稿用紙換算で1日に150枚も書いた日もある。
星占い12星座の全てをテーマに、12カ月連続刊行の予定でスタートしたが、版元の徳間オリオンの消滅で、6カ月、ちょうど道半ばにして“尻切れ蜻蛉”になった。
ストーリー展開は、石川真介氏の言によれば「まるで『逃亡者』のよう」と、けっこう面白い作品に仕上がったが、“未完の大作”となってしまっている。
面白ければ必ず売れるというものではない、という冷酷な事実の典型だと思う。
(どっかの編集さん、当ホームページを読んだら、この6冊を文庫に収録して、続きを書かせて完結させて下さーい!)
筋立ては、矢島氏と頻繁に会って打ち合わせて決定、執筆は奇数巻を矢島氏が、偶数巻を若桜木が主となって行ない、脱稿後に文体統一のために他方が行なう、という合作方法を採った。
その時、相手が自分の文章を勝手に直しても文句を言わない、という了解の下に行なった。
『殺戮の紅い雨が降る』では、若桜木自身を被害者のモデルにして物語を構築。
物語の内容に酷似した非道い仕打ちを母校・東大卓球部の人間から受け、金銭的にも数千万円の損害を被り、激怒してOB会を脱会した。
幸い、殺されるようなことはなかったが(当たり前だが)十数年を経た今も、一種の罠に填められた怒りは収まっていない。
この経緯は光文社文庫『ストレス・パワー』にも詳述した。
あまりに生々しいので、1部分は編集さんから(同情されつつも)カットされたが。
この件は、岡本賢一氏のホームページの「インタビュー」コーナーでも触れる。
(8)『殺意の三鎖環』(双葉社より1993年8月25日刊)
(9)『三つの密室・殺人連鎖』(廣済堂より1993年10月10日刊)
(10)『空中密室・水中密室――W殺人の謎』(廣済堂より1994年1月10日刊)
この(8)〜(10)の3作は、版元こそ違うが、同じ主人公――西東南(さいとう・みなみ)と小中大(こなか・ひろし)という珍姓奇名同士のカップルが事件を解決するシリーズ物である。
前述の『殺戮の紅い雨が降る』や『ストレス・パワー』で触れた東大卓球部OBとの軋轢から激しい精神的ダメージを受けた若桜木は、書いても書いても駄目作品ばかり、どの出版社に持ち込んでも突っ返される、という悲惨な状況に陥った。
その当時のイメージから「もう若桜木は駄目だ。過去の作家だ」と決めつけて、それ以降、現在に到るも、いっさい作品を読もうとしない版元も多い。
この絶望的な長期のスランプから辛うじて抜け出して最初に書いた作品が『殺意の三鎖環』で、そういう意味では若桜木にとっては記念碑的な作品の1つである。
何度かTV化の話も来たが、これは遂に実現することなく終わった。
西東南と小中大のカップルを探偵役とする作品は、何編か『小説宝石』にも掲載された。
また、鈴木輝一郎氏の推理作家協会賞受賞作『めんどうみてあげるね』の初出誌『小説フェミナ』にも1編が載ったが、これらを纏めた短編集は、ちょうどタイミング悪くミステリー・ブームが翳りを帯び始めたこともあって、刊行されずじまいとなっている。
(11)『帝国空軍の飛跡』(KKベストセラーズより1993年12月5日刊)
(12)『帝国空軍の曳光』(KKベストセラーズより1994年4月5日刊)
この(11)(12)のいずれも、青山智樹氏との共著。
若桜木の中学時代の愛読書は『連合艦隊の栄光』『連合艦隊の最後』『帝国陸軍の最後』(いずれも伊藤正徳著)であったが、さすがに30年のブランクがあるだけに、四苦八苦。
戦記に関しては先輩の青山氏のリードを仰いで、どうにか誕生を見た。
まだ架空戦記ノベルスが絶好調の時期であり、この2作を執筆する機会を得たことが“戦記作家・霧島那智”の誕生の直接の端緒となっている。
(12)『帝国海軍の陰謀』第1巻(サンマーク出版より1994年8月15日刊)
(13)『帝国海軍の陰謀』第2巻(サンマーク出版より1994年10月15日刊)
(14)『帝国海軍の陰謀』第3巻(サンマーク出版より1994年12月15日刊)
この3巻を最後に、若桜木名義の戦記はない。後は全て霧島那智名義となる。
大勢のファンが、この作品の面白さを絶賛してくれているが、作者としては、物語の運びの中に伝聞報告に頼っている箇所があって不満が残る。
いずれ文庫化の機会でもあれば、大幅に加筆するのだが。
(15)『小説・沖田総司』(秋元書房より1977年9月15日刊)
(16)『沖田総司惜別詩』(秋元書房より1978年3月10日刊)
記念すべきデビュー作(劇画原作や短編の雑誌掲載は以前にもあったが)が(15)で、その続編が(16)である。
しかし、無名の新人とあって、あまりヒットせず、物語が完結していないにも拘わらず、次作は書かせてもらえずに打ち切られる。
これも、もし機会が与えられるならば、改稿の上、完結させたいストーリーではある。
人気のない作家の悲哀で、書けばどんな駄作でもメガ・ヒットという人気作家(そうなれば、当然、文壇長者番付にも載るわけだが)になれるのは、いつのことやら。
見果てぬ夢となりそうである。
(17)『アンドロイド・ジュディ』(文化出版局より1980年12月10日刊)
(18)『アンドロイド・ジュディ』第2巻(文化出版局より1981年5月31日刊)
上記『沖田総司』が記念すべきデビュー作ならば、これは、それ以上に記念すべき処女作で、東大教養学部の学生時代に書いた作品である。
文壇デビューから3年後に機会があって、お蔵入りにしていた作品を文化出版局のジュブナイル文庫に収録させていただいた。
冒頭部分は銀杏並木賞(東大新聞主催の文学賞)に応募し、かの藤原伊織氏(江戸川乱歩賞・直木賞受賞作家)と競合して落選の憂き目を見た。
(応募当時の表題は『アンドロイドの日のために』)
最初の舞台はアメリカであったが、日本の青少年に向けるという理由で日本に舞台を変更し、登場人物も日本名に変えたりしたが、物語の骨子に大きな変化はない。
弱冠20歳の時の作品が商業出版の形になって残ったのは、物書きとしては非常な幸運と言えるだろう。
(19)『タイムトラベル3501』(文化出版局より1980年12月10日刊)
これも(18)と同様に東大の学生時代に執筆し、同人誌に掲載した作品。
かなりスケールの大きい作品で、以下『スペーストラベル3502』『(題未定)3503』と続ける予定だったが、残念ながら文化出版局のジュブナイル文庫が不振で打ち切りになり、刊行に到らずに終わっている。
今でも充分にSFとして読むに耐える作品なので、どっか再録の上、続編まで書かせてくれる版元さんがないかなあ……と期待しているんだけれど、これだけSFが不振な現状では望むだけ無理かしらん。
(20)『白球を叩け!』(集英社より1978年5月20日刊)
集英社が「新人の持ち込みは受け付けません」と門前払いするのを、日参して泣き落として刊行に漕ぎ着けた、記念すべき“メジャー・デビュー作”である。
にも拘わらず、松竹でも映画化され、26万部の大ヒットとなる。
但し、日本卓球協会が後援してくれたのに、映画自体は全くヒットせず。
そりゃそうだよなあ、中・高校生を対象の映画なのに、ずばり期末試験の日程にぶっつけ、期末試験が終わった時には上映も終わっていた、って状態だもの。
あれで大勢の観客が入ったら不思議、ってくらいのもの。ああいう商売感覚じゃ、松竹が潰れても、ちっとも不思議じゃないよな。
この映画は『きらめきの季節』ってタイトルなんだけれど、最後の最後まで祟られっぱなし。
後にフジTVの夜9時からの映画劇場で放映されることになったんだけれど、ちょうどヘンリー・フォンダの死とぶつかって追悼記念映画と差し替えられてしまった。
で、それから、しばらくして、昼間に放映されたんだけれど、児童相手の映画を、ちょうど遊んだりクラブ活動の時間帯の真っ昼間に放映して、視聴率が稼げるわきゃないよな。
けっこう面白い、泣ける作品だったのに残念。
脚本が長坂秀佳氏(第35回の江戸川乱歩賞受賞)で、主な出演者は、あおい輝彦・高橋悦史・柳生博・水野久美といった顔ぶれで、ヒロインは一ノ瀬康子。
そう言ったって、分かる人は少ないよな。
横溝正史シリーズの『獄門島』(石坂浩二主演の映画版)で「季違いじゃが仕方がない」の名セリフで梅の木から逆さ吊りにされて殺される娘の役を演じたのが、この一ノ瀬康子さん。
この『きらめきの季節』のヒロインのキャスティングの時に、ITTF(世界卓球協会)会長の荻村伊智朗氏と若桜木の意見が衝突した(どっちの意見が通ったかは、言うまでもない)のも今となっては懐かしい思い出である。
若桜木自身も、チョイ役(ヒロインの敵方チームの監督)で出演している。
(21)漫画版『白球を叩け!』第1巻(集英社より1980年2月28日刊)
(22)漫画版『白球を叩け!』第2巻(集英社より1980年3月30日刊)
(23)漫画版『白球を叩け!』第3巻(集英社より1980年6月30日刊)
(24)漫画版『白球を叩け!』第4巻(集英社より1980年7月30日刊)
これは、映画化が決定したことで、急ぎ『週刊マーガレット』で漫画化して連載することになったもの。
およそ1年間にわたって連載した。絵は、柿崎普美さん。
柿崎さんが卓球の素人だもんで、世界チャンピオンを引き合わせたり、卓球部分の考証を教えるのに苦労した。
(25)『白球よ輝け!』(集英社より1980年3月15日刊)
俗に「柳の下にドジョウは3匹までいる」と言われるのが、出版界である。
前作『白球を叩け!』が大ヒットしたので、それではと調子に乗って書いたのが、この作品。
もちろん部数的には及ばなかったが、そこそこのヒットになった。
高知聾学校の竹島春美さん(インターハイや全日本選手権で活躍)をモデルにして、耳の聞こえない少女がハンディを克服して卓球の全国大会で活躍するというスポコン物。
小説にもかかわらず、文中で技術論を展開し、卓球の入門書としての側面も持たせた。
『白球を叩け!』『白球よ輝け!』の2作を読んで、その内容どおりのトレーニングを積んだ、という卓球部の生徒も多く、全国各地から数千通にも達するファンレターを貰った。
卓球は、はたで見ているよりもボールの変化が激しいスポーツで、球に印刷されたマークの動きと、台やラケットに球がぶつかった際の音で変化の方向と度合いを判断する。
その片方の要素が封じられるわけで、耳が聞こえずに卓球をするというのは、全国レベルともなると、非常に難しいことなのだ。
そのハンディを克服して全国大会で活躍した竹島さんは、非常に素晴らしい選手であった。その後、聾唖者の卓球大会では世界選手権3連覇を達成している。
(26)『殺人狂株式会社』(実業之日本社より1988年3月25日刊)
いわゆる“ピカレスク・ロマン”で、しかも本格的なトリック・ミステリー。石川真介氏は「これは傑作!」と絶賛してくれたが、まるで売れなかった。
そのために、しばらく実業之日本社からは、お呼びが掛からず。全く、面白ければ売れるってもんじゃないのが、非情なこの世界。
どっかの版元さん、これを文庫に収録して、続編を書かせてくれませんかね? あるいは、ドラマ化してくれるテレビ局さん、いませんか?
(27)『聖火の身代金』(勁文社より1985年10月20日刊)
ギリシャから、与論島に聖火を持ってくる、ってイベントが計画されたことがありました。
で、その聖火を奪われ、身代金が要求される、ってミステリーを書いて、まあまあの本格物に仕上がったんですが、肝心のそのイベントが、アクシデントだか関係者の不祥事だかでポシャってしまった。
そのために、大して売れずじまいで、編集さんには恨まれるし(土屋さん、ごめんなさーい!)後味の悪い記憶ばかりが残っている。
(28)『一緒にアクシア』(光文社より1986年1月20日刊)
これは当時、フジ・フィルムがカセット・テープを売り出して、そのキャッチ・コピーだった。
で、CM提携で作ったミステリーで、構想10分、執筆1週間で書き上げた。
だいたい「若桜木は速い!」ってんで、とにかく「出来は2の次で良いから、早く出版を!」って趣旨の作品が良く持ち込まれた。
本格物じゃなくて、冒険サスペンス。
この当時のCMは斉藤由貴(もちろん、人気絶頂の独身時代)だったんだけれど、カバーに彼女の写真を使う予定が、フジ・フィルムと彼女の事務所の連絡が上手く行っていなくて、「帯ならOKだが、カバーは駄目」なんて中途半端な話になって、光文社の編集さんも激怒。
どうも若桜木が手がけるイベントとか絡みの作品は、心がけが悪いのか霊に祟られているのか、ケチがつくことが異様に多かった。
(29)ゲームブック『一緒にアクシア・大遺産を探せ!』(光文社より1986年1月20日刊)
ちょうどゲームブック・ブームの全盛期で、(28)の小説版と同時刊行された。
ところが、この作品、校正ミスが1箇所あって、不完全な出来となってしまっている。
若桜木の記入した数字を校正マンが読み違えたのが原因なんだけれど、ゲームブックを校正する時は、単にそのページの誤字脱字をチェックするだけじゃなくて、行き先のナンバーとも内容を照らし合わせて、ちゃんとストーリーが繋がっているか否かまで確認してくれなくちゃ。
そんな文句を言っても、出版されて読者のクレームが殺到してからじゃ、全ては後の祭り。
カバー・ガールでケチがついたら、とことん最後までケチがついた。
まあ、世の中って、そんなもんだよね。
(30)ゲームブック『貴族仮面を倒せ!』(サンケイ出版より1986年8月10日刊)
扶桑社の前身のサンケイ出版から出した、超むずかしいGB。
プロレスが分からない人には全く分からない、貴族仮面(モデルは、ミル・マスカラス)をタイトルマッチで倒すというGBで、途中で1箇所でも選択を間違えると、永遠にゴールに辿り着けないで堂々巡りを繰り返す構成になっている。
ちゃんとメモを片手に取り組まないと駄目。
古書店ででも発見した人は、ぜひ挑戦してみてください。
若桜木の作ったGBは多々あるけれど、これが最も難しい、複雑怪奇に入り組んだ出来になっている。
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