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霧島那智の歴史とプロフィール
1993年の暮れに、若桜木虔・瑞納美鳳・松井永人・市川智士・新津きよみ・牧南恭子といったメンバー(いずれも現在、日本推理作家協会員――松井永人改め松井計は退会)が集合して、一種のリレー小説や合作小説のような雰囲気で小説を執筆してみよう、という計画が生まれた。
で、最初に太平洋戦争直前の歴史を取り上げたシミュレーション小説を書こうという話がまとまり、執筆集団名も「昭和史研究会」で行こう、といった趣旨になった。
ところが、刊行を交渉した出版社の販売部が「そんな筆者名じゃ売れません」と猛反対した。
そこで急遽「霧島那智」で行こうと、若桜木が独断で決めた。
独断で決定した理由は、実は販売部から「即断即決で決めてください。印刷所にタイトルを変更させる時間が切迫していますので」と言われて、メンバー全員に諮っている暇がなく、事後承諾とせざるを得なかったのである。
この時、出版界には「合作小説、複数著者の小説は売れない」というジンクスが存在したのだ。
そのために、霧島那智の初期作品も、複数の書き手が関与していることが知られないようにと一種の《覆面作家》で、構成メンバーの名前が入っていないものが多い。
メンバー名を入れる社もあり、ない社もあり、対応はバラバラであった。
しかし、そのうちに何度も構成メンバーを記した作品がベストセラー・ランクに入ったことから、複数著者でも大丈夫だということになり、ちゃんと執筆者を載せるようになった。
その一方で、単独作の注文が多すぎてチームに入っていられない、どうも思想的に太平洋戦争とは相容れないなどの様々な理由で1人抜け、2人抜け、また新たなメンバーが加わることもあったりして、現在の若桜木&瑞納という《二人三脚》執筆の形態に落ち着いた。
それでも、あくまでも霧島那智は執筆集団であって、状況と出版社からの依頼内容によっては他に複数の《助っ人》が加わることも有り得る、という方針で創作活動を続けている。
1994年4月刊の双葉社の『聖断 帝国空軍の進撃』をスタートに、毎月連続刊行に挑戦した霧島那智は、1999年2月まで59カ月間連続刊行、ノベルスと文庫を取り混ぜて128冊の記録(これは、けっこう驚異的な数字なのだ)を樹立して途絶えた。
現在は1999年4月を再スタートとして、改めて連続刊行記録に挑戦中である。
この先、どこまで続けられるか、乞うご期待!
(著作リストで、若桜木・瑞納以外の筆者が加わっている作品には*を付記してあります)
![]() (静岡新聞のインタビュー記事) |