制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2001-12-07

理窟 v.s. 理屈

經緯

野嵜は「理窟」つて書いてゐるけれども、「理屈」が正しいのではないですか、と云ふ御指摘をメールで頂戴しました。

昭和37年7月5日国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」で、「理窟」を「理屈」に「書きかえ」るやうに、と云ふ事になつてゐます、だから本來、「理窟」が正しいのです、と返り討ちいたしまして、「言葉を疑へ」のネタにしますねーと聯絡したのですが。

ウェブ日記で「どうぞ公開して下さい」とご囘答がありまして、それは良いのですが、そこに當方の書きたい事が全部書かれてしまつて、返り討ち返り討ちに遭つてしまつたと云ふ落ち。

餘談

これだけで話を終らせてしまつたら、ここには何ら情報が存在しないも同然なので餘談。

漢和辭典で「理窟」を調べてみると、以下のやうな意味が擧げられてゐます。

  1. 物事の道理。
  2. こじつけの道理。
  3. 科学。

我が国においてのみ用いられる意味

本來、「理窟」と云ふ語は惡い意味を持たないのですが、日本に渡つて來て以後、嫌なイメージを植ゑつけられてしまひました。日本人は論理的な人種ではないので、物の道理が嫌なものに見えたのでせう。

そして、さう云ふ日本人のメンタリティは、今も變つてゐません。惡い意味での「理窟」を言つて物事をねぢまげた例のひとつが「同音の漢字による書きかえ」である譯ですが、困つた事です。