八幡宮
〜芭蕉の句碑〜
高崎市八幡町に八幡宮がある。
上野国一社八幡宮
一国一社の八幡宮である。
通称「やわたのはちまんさま」。
石段を登ると、左の斜面に芭蕉の句碑があった。
花之本明神
ものいへは唇寒しあきの風
出典は
『芭蕉庵小文庫』
(史邦編)。
元禄4年(1691年)、芭蕉49歳の時の句。
天保14年(1843年)、
田川鳳郎
は芭蕉百五十回忌に二条家に請願し、芭蕉に「花本大明神」の号が贈られた。
天保15年(1844年)、芭蕉百五十回忌に矢口一彡建立。田川鳳朗筆。
一彡は八幡の神官。通称丹波。別号生々居丹頂。
明治7年(1874年)5月、87歳で没。
天保15年12月2日、弘化に改元。
弘化2年(1845年)11月28日、田川鳳郎は84歳で没。
鐘楼
昭和53年12月、釣鐘鋳造。
神社の釣鐘は珍しい。
拝殿
宝暦7年(1757年)、社殿建立。
祭神
品陀和気命
(ほんだわけのみこと)
=応神天皇
並神
息長足姫命
(おきながたらしひめのみこと)
=神功皇后
玉依姫命
(たまよりひめのみこと)
天徳元年(957年)、京都の石清水八幡宮を勧請。
永承年間(1046〜1052年)、源頼義・
義家
が奥州征伐の際に戦勝を祈願して社殿を改修、
源頼朝
も社殿を改修し、神田100町を寄進。
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