旧町名案内 〜旧龍岡町〜

東京大学本郷キャンパスの龍岡門を出ると、本富士警察署がある。
旧本富士町
元和(1615〜24)のころ、この地は加賀藩主前田利常に賜った。その後加賀屋敷の東部は、富山・大聖寺両支藩の屋敷になった。
明治4年、3邸とも文部省用地となった。後大部分が東京大学の校地になった。
明治5年、町名を本富士町とした。駒込富士神社が元ここにあったからである。
文京区
旧本富士町は現在の本郷7丁目。
本富士警察署の向かいに「旧町名案内」があった。

旧龍岡町
明治7年、下谷茅町から別れて龍岡町となった。町名の由来は、向が岡の台地に立てた町という意味から、立つを縁起のよい龍の字に変えて龍岡町と名づけたといわれる。
天正18年(1590年)以来、榊原家の屋敷と武家屋敷であった。徳川家康の四天王の一人榊原康政は、天正18年、武家屋敷配置役であったが、自ら奥州街道の備えとして不忍池を望む高台(現最高裁研修所を中心)に屋敷を構えた。区内における大名屋敷第1号である。
森鴎外の名作『雁』で有名な無縁坂がある。
文京区
旧龍岡町は現在の湯島4丁目。
旧湯島両門町へ。
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