大儀寺〜佛頂禅師〜

鉾田市阿玉に大儀寺という寺がある。
大儀寺山門

宝光山大儀寺境内
創建由来
慶長年間(1596〜1615)授翁宗弼の法子華蔵曇下和尚が、阿玉の地に隠栖して草庵を建て、元和2年(1616年)8月に遷化された。同年阿玉の領主荒野右京進大義居士入庵し、梅易陽和尚を拝請して法花山大儀庵とし、以後六代を経た。
貞享元年(1684年)佛頂河南大禅師が鹿島の根本寺を辞して入庵し諸堂を建立、宝光山大儀寺として中興開山となる。
正徳2年(1712年)大火焼失。同3年、佛頂再建す。
御本尊聖観音菩薩像は、稲葉丹後守の御公母の年持佛で、佛頂禅師に寄進されたもので、定朝の作と伝えられる。
幕末の外交家で浦賀奉行・長崎奉行・勘定奉行を歴任した水野筑後守忠徳公の墓地、過去帳、位牌等がある。
佛頂禅師は俳人松尾芭蕉の禅の師として有名である。
貞亨4年、芭蕉が禅師を訪ねた時の『鹿島紀行』には次の句が記されている。