国道252号〜河井継之助記念館〜

喜多方から県道21号喜多方会津坂下線で会津坂下に向かう。
途中、「目黒麹店(HP)」でみそ漬と三五八(さごはち)を買う。
三五八(さごはち)は福島、山形に伝わる麹漬。塩3、米麹5、米8の割合で漬けたのが名前の由来。
目黒麹店

三五八(さごはち)は忘れてきてしまったようだ。
会津坂下で国道49号に入る。
磐越自動車道を過ぎて国道49号から国道252号に入る。
「尾瀬街道みしま宿」に車を停める。
「尾瀬街道みしま宿」展望デッキからの眺め

只見川沿いに国道252号を行く。
只見川

葛の花が咲いていた。

さらに国道252号を行くと、会津塩沢に河井継之助記念館がある。
河井継之助記念館

入館料金は300円。
館内に河井継之助の像があったが、館内撮影禁止。
撮影禁止の像は初めてだ。
慶応4年(1868年)5月19日に長岡城が落ち、その後7月25日の戦いで長岡城を奪回するが、長岡藩家老上席河井継之助は傷ついた。継之助は親藩会津に逃れて再起をはかるため、千数百名と共に八十里越を会津に向かった。
8月5日、只見に着き、五十嵐清吉宅で傷の手当てを受ける。12日、幕府医師松本良順のすすめで会津若松に向けて出発、途中塩沢矢沢宗益宅に投宿。16日、会津塩沢で河井継之助死去。享年42歳。
田子倉ダムへ。
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