文殊寺 〜芭蕉の句碑〜

熊谷市野原に文殊寺がある。
「武州野原の文殊様」として親しまれてきた古刹である。
文殊寺仁王門

文殊寺鐘楼門

五台山文殊寺

曹洞宗の寺である。
年代は不明だが、文殊寺で「永代奉額発句合」が開催されたようだ。
評者は由誓宗匠、五八九宗匠、梅室宗匠である。
本堂左手の林の中に「芭蕉翁塚」があった。

文政3年(1820年)2月、五道庵竹二坊建立。
碑面には「文化十三丙子年 十月十二日 五道庵建」とあるが、何らかの都合で遅れたのであろう。
五道庵は福田村(現・比企郡滑川町)の人で、竹二坊と号した。
寛政10年(1795年)、『芭蕉翁正伝』を著し、世に知られている。
天保6年(1836年)、没。
「芭蕉翁塚」の手前に芭蕉の句碑があった。

はつしくれ猿も小蓑をほしけなり
『猿蓑』冒頭の句。
元禄2年(1689年)9月下旬、芭蕉46歳の作。
芭蕉が『奥の細道』の旅を終え伊勢へ足をのばした後、故郷上野へ帰る途中に伊賀街道の長野峠で詠んだものとされている。
寺伝によると古く布袋庵柳几書による五道庵建立の表記芭蕉の句碑ありと偶々今年当山の開扉にあたり茲に之を再現する
昭和五十年九月 文殊寺三十六世秀文
石川信陽書
布袋庵柳几は鴻巣の俳人。
天明8年(1788年)2月9日、没。
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