難波別院南御堂〜碑巡り〜

大阪市中央区久太郎町4丁目に難波別院南御堂(HP)がある。
難波別院南御堂

真宗大谷派の寺である。
本堂の左手に獅子吼園がある。
獅子吼園に芭蕉句碑があった。

旅に病で夢は枯野をかけまはる
出典は『芭蕉翁行状記』(路通編)。
『笈日記』(支考編)には「かけ廻る」とある。
天保14年(1843年)、芭蕉の百五十回忌に建てられたようである。
この句は芭蕉の臨終の句の一つで、この大阪の地で吟ぜられたものである。
芭蕉は元禄7年(1694年)秋、伊賀から門人達に迎えられて大阪に着いたが、滞在中に病気になり、養生のかいもなく10月12日この南御堂前で花を商う花屋仁左衛門の屋敷で51歳を一期として旅の生涯を閉じた。
この句碑は、後世天保の俳人達によって建てられたものである。
当南御堂では、芭蕉を偲んで毎年芭蕉忌が勧修され、法要の後盛大に句会が催されている。
南御堂難波別院
山口誓子の句碑があった。

金色の御堂に芭蕉忌を修す
阿波野青畝の句碑もあった。

翁忌に行かむ晴れても時雨れても
南御堂前の御堂筋緑地帯に「花屋仁左衛門宅跡」がある。

此附近芭蕉翁終焉ノ地ト傳フ
昭和9年(1934年)3月、大阪府建立。
『芭蕉翁繪詞傳』愚按には、「花屋仁右衛門」とある。
文化6年(1809年)、茅渟奇淵は南御堂前の芭蕉終焉の地で花屋庵を営む。
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