丸亀城〜高浜虚子の句碑〜
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丸亀市一番丁の丸亀城に立ち寄ってみた。


丸亀城


現存天守閣のある12城のひとつ。

日本100名城のNo.78である。

丸亀城内の観光案内所でうちわ工房「竹」が「うちわの実演」をしていた。

大手一の門


見返り坂を上る。

見返り坂の紅葉


石垣の美

 一般に見返り坂と呼ばれるこの坂は、新緑の頃は楓の若葉が、秋は紅葉が美しい。右手頭上に三の丸の高石垣が、美しさと堅固さを誇ってそそり立つ。石垣の上端で垂直に立ち、徐々に緩やかな曲線を描き、遂に土に埋もれる優美な姿は、丸亀城壁の美しさである。この石垣の高さは約22メートルあって、本丸まで3段の高さは40メートルに近い。この城壁に丸亀城の風格を偲ぶことができる。

高浜虚子の句碑があった。


稲むしろあり飯の山あり昔今

昭和24年秋、ここから丸亀平野をへだてて讃岐富士(飯の山)をながめて詠んだものである。

天守閣


丸亀城 天守閣

江戸時代初期の建築。3層3重楼。屋根は南北棟の入母屋造、本瓦葺、軒裏丸重木型、総塗籠波形軒である。一層は高さ7.2メートル、石落し及び狭間付、西面を除き腰羽目板張り、上部塗籠一層屋上南北側面に唐破風付、二層は5.4メートルに7.2メートル。塗籠二層屋上東西両面に千鳥破風飾付、三層は3.6メートルに5.4メートル。塗籠各層の武者窓塗、各層の逓減割合はまとまりよく統一されている。内部は各層床板張、内部柱は一層20本、二層14本、三層2本で、隅柱は左右に添柱を建てている。用材は栂を主とし、桧と松を混用している。昭和25年天守解体修理の際、三層の壁の中から「万治三年三月」と墨書した板札が発見された。是によって寛永19年山崎氏着工の築造が京極氏によって完成されたことが判明した。

昭和32年3月20日、前記の板札が重要文化財に附指定された。

難しい説明である。

NHK大河ドラマ「江」の姉「初」は初代丸亀城主京極高和の祖母にあたる。

 京極高和は安毛高政の子で、京極忠高の養子。京極忠高は京極高次の長男、側室の子である。高次の正室常高院(初)には子が無かった。

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