中山道倉賀野宿〜脇本陣〜
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高崎市倉賀野町にベイシアマート倉賀野店がある。


ベイシアマート倉賀野店近くに「中山道倉賀野宿」の石柱があった。


中山道倉賀野宿は江戸から数えて12番目の宿場である。

ベイシアマート倉賀野店駐車場に中山道倉賀野宿本陣跡があった。


道の向かいに中山道倉賀野宿脇本陣。


 延享元年(1744年)4月、建部凉袋は秩父から伊香保に向かう途中、倉賀野で句を詠んでいる。

 倉賀野

   宿を立出れバ旭するどに浅間にむかつて浅ンの雪いと白し

うの華や野も飛び飛びに明しらミ


 延享2年(1745年)4月6日、横井也有は尾張公のお供をして江戸を下る。8日、倉賀野で句を詠んでいる。

 八日

 かくいへる所にて

   くらが野ときけばや里も木下闇

けふは過る道すがら、家々の軒に藤をさし侍り。花をもさし葉をもさせり。所の人にきけば、仏生会の手向也と云。故郷にて見馴ぬ事也。みちの国に花かつミふくたぐひにやとめづらし。

   潅仏もやがてはへとて藤の花

 此夜板鼻にとまる。


中山道倉賀野宿脇本陣跡


中山道倉賀野宿中町
御傳馬人馬継立場跡


 文化11年(1814年)12月19日、小林一茶は故郷の柏原に向かう途中で倉賀野に泊まっている。

 十九 晴 倉ケ野 スガ半蔵泊

『七番日記』(文化11年12月)

倉賀野宿下町で中山道は例幣使街道と分岐する。

日光例幣使街道の第一宿は玉村宿

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