鎌倉大仏 〜与謝野晶子歌碑〜
indexにもどる

江ノ電長谷駅から高徳院「鎌倉大仏」へ。


高徳院は浄土宗の寺院。

「鎌倉大仏」


暦仁元年(1238年)、木造の大仏造営を始めた。
寛元元年(1243年)、大仏開眼。
宝治元年(1247年)、暴風雨の為に大仏倒壊。
建長4年(1252年)、金剛の大仏造営を始めた。

阿弥陀如来坐像で、鎌倉唯一の国宝仏だそうだ。

大仏

壺菫仏の庭にちいさしよ

加舎白雄「鎌都」

桜の満開には、まだ早かった。

「鎌倉大仏」の奥に観月堂がある。

観月堂


鎌倉三十三観音霊場第二十三番札所で、聖観音像を安置するそうだ。

観月堂の側に与謝野晶子の歌碑があった。

与謝野晶子歌碑


鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな

『恋衣』(明治38年1月刊)

昭和27年(1952年)4月、鎌倉大仏造立700年記念に味の素株式会社が建立した。

「釈迦牟尼」と詠んでいるが、実は阿弥陀如来なのである。

それにしても、「美男」であろうか。


境内にリスがいた。


アメリカではリスを見たが、日本でリスを見るのは初めてだ。

昭和11年(1936年)4月4日、山頭火は鎌倉を散歩して長谷の大仏を訪れている。

リスは「栗鼠」と書くように、鼠のようだ。

高徳院に星野立子の句碑もあった。


大佛の冬日は山に移りけり

 星野立子(1903−1984)は高浜虚子の次女。大正14年、星野吉人と結婚。昭和5年、長女早子(椿)誕生。初の女性主宰の俳誌『玉藻』を創刊。昭和59年3月3日、80歳で歿。

「私の旅日記」のトップページへ