法明寺鬼子母神 〜小林一茶〜

豊島区雑司が谷2丁目に法明寺鬼子母神(HP)がある。
永禄4年(1561年)1月16日、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣山村丹右衛門が清土の地辺りから鬼子母神を掘り出し、星の井で清め東陽坊という寺に納めた。
東陽坊が現在の法明寺鬼子母神である。
法明寺鬼子母神

天正6年(1578年)5月3日、建立。
日蓮宗の寺である。
拝殿と幣殿は元禄13年(1700年)に建立された。
雑司ヶ谷鬼子母神は鬼の字の上の角が無い。

鬼子母神像は鬼形ではなく、菩薩形のお姿をしているので、とくに角がつかない鬼の字を用いているという。
佐久間柳居は鬼子母神に句を奉納している。
文化5年(1808年)5月25日、小林一茶は草津に向かう途中で雑司ヶ谷の鬼子母神に旅の安全を祈る。
廿五日 曇 草津道の記
卯一天(点)に久松丁を立て、糀町なる河内屋武兵衛と云ふ人を誘て、同行四人、雑司ヶ谷にかゝる。皆々行末の安堵ならんことを鬼子[母]神に祈る。
顔ぬらすひたひた水や青芒(すすき)
霖雨の潤ひに土ぬかりて、歩行心にまかせず。
ぬれ臑(すね)にへたとひゝつく藪蚊かな
文化14年(1817年)8月17日、国学者高田与清は鬼子母神に詣でている。
○おとはのごゝくじのくわんおん・ざふしがやのきしも神などにまうでゝ、しひなまち・長崎・かみいたばしなどいふ所をすぎゆく。
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