可毛羽神社〜「木曽義仲の墓」〜

長野市篠ノ井会に可毛羽神社がある。
可毛羽神社

祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)、八坂刀売命(やさかとめのみこと)。
治承4年(1180年)、木曽義仲により社殿焼失、その後社殿再建。
明治11年(1878年)4月4日、可家羽(かもは)神社の号を賜る。
可毛羽神社北側の道路沿いに「木曽義仲の墓」があった。
先祖朝日将軍木曽義仲公の墓

寿永3年(1184年)正月20日、範頼・義経、義仲討伐のため入洛、近江の国粟津の辺りで義仲は殺された。
然ルニ此ノ悦ビモ束ノ間義仲公ノ栄達ヲ嫉ム從兄ノ源頼朝ニ攻撃サレ近江國粟津ヶ原ニテ討死時ニ寿永三年正月二十日三十一歳ナリ
昭和45年正月20日、久保田一族によって建立されたものである。
久保田一族は木曽義仲の子孫という。
道路沿いに芭蕉の句碑もあった。

物いへは唇寒し秋の風
出典は『芭蕉庵小文庫』(史邦編)。
貞亨元年から元禄年間の句。
『蕉翁句集』(土芳編)は「元禄四未ノとし」とする。
昭和37年10月12日、建立。
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