上高地〜上高地温泉〜
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中の湯温泉からバスで上高地へ。


焼岳(標高2,455m)を望む。


大正10年(1921年)10月17日、若山牧水は上高地から焼岳を越えた。

大正池


快晴で、雲一つない。

 大正池は大正4年(1915年)の焼岳の噴火により梓川がせきとめられてできた池。高村光太郎が長沼智恵子と上高地温泉で落ち合ったのは大正2年(1913年)8月。その頃、大正池は無かったわけである。

大正池から河童橋に向かう。

河童橋は芥川龍之介の小説『河童』の舞台である。

 昭和2年(1927年)年3月、「改造」に小説『河童』を発表。7月24日、龍之介は35歳で自殺する。

龍之介の命日は「河童忌」

あちこちで野紺菊(のこんぎく)が咲いていた。


深山鳥兜(みやまとりかぶと)を見つけた。


梓川


焼岳が見える。

河童橋から明神池に向かう。

水面に山が映っている。


岩魚(いわな)が泳いでいた。


山みづにかくろひて住む岩魚をもここの泉に養ひにけり   『白桃』

昭和8年の秋、斎藤茂吉は上高地を訪れた。

晒菜升麻(さらしなしょうま)が咲いていた。


明神池は穂高神社の神域なので、拝観料(250円)が必要。

明神池は一之池と二之池の2つがある。知らなかった。

明神池二之池


紅葉はきれいなことだろう。

明神池は明神岳の崩落により梓川がせきとめられてできた池。

 昭和11年(1936年)8月6日、与謝野晶子は上高地へ。翌7日、明神池を見学している。

河童橋まで戻り、上高地温泉に向かう。

途中に猿がいた。


ピンボケの写真だが、猿の写真を撮るのは恐い。

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