懐古園〜碑巡り〜

8年ぶりに小諸の懐古園に行く。
小諸城三の門

寛保2年(1742年)の「寛保の戌の満水」と呼ばれる大洪水により流失し、現在のものは明和2(1765年)、3年(1766年)頃の再建と考えられているそうだ。
国指定の重要文化財である。
懐古園の玄関口にあたる。
馬場裏を出はずれて、三の門という古い城門のみが残った大手の通へ出ると、紺暖簾を軒先に掛けた染物屋の人達が居る。
『千曲川スケッチ』
小諸城は日本百名城のひとつ。
二の丸跡

元小諸町長の宮坂古梁が晩年二の丸跡住み、懐古園を訪れる人達の良き案内人になっていたそうだ。
二之丸阯に藤村庵がある、古梁庵主宮坂さんが管理している、小諸文化春秋会という表札も出してある(藤村自身は藤村庵を深草亭と名づけた)。
二の丸の石垣が若山牧水の歌碑になっている。
黒門橋の紅葉

小諸市立藤村記念館の前に島崎藤村の像があった。

昭和48年(1973年)4月22日、小諸ライオンズクラブ5周年記念に建立。
新たに「椰子の実」の詩碑が建てられていた。

名も知らぬ遠き島より
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流れ寄る椰子の実ひとつ
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故郷の岸を離れて
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汝はそも波に幾月
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旧の樹は生ひや茂れる
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枝はなほ影をやなせる
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われもまた渚を枕
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孤身の浮寝の旅ぞ
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『落梅集』(明治34年8月刊)所収。
平成20年(2008年)11月29日、建立。
一師二友の歌碑があった。

此の夕へ外山をこゆる秋風に
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椎もくぬきも音たてにけり
| 太田水穂
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高らかに歌ひつづけむ大らかに
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人をも身をもたたへんと思ふ
| 土屋残星
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しら雪にあけぼの匂ふ浅間山
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けむりしずめて高くそびゆる
| 宮坂古梁
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昭和25年(1950年)、二の丸跡に居を構えていた宮坂古梁が庭に建てた歌碑だそうだ。
水の手展望台から千曲川を見下ろす。

藤村の詩碑がある。
高浜虚子の句碑があった。

紅梅や旅人我になつかしき
昭和20年(1945年)4月14日、小諸疎開中に懐古園で詠んだ句。
平成元年(1989年)3月12日、建立。
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