鹿野山神野寺 〜碑巡り〜

君津市鹿野山に鹿野山神野寺(HP)がある。
推古天皇6年(598年)、聖徳太子開山。
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天安元年(857年)、慈覚大師再興。
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現在は真言宗智山派の寺である。
仁王門

文明18年(1486年)、道興准后は神野山に詣でている。
神野山といへる道場にまうでて、
なく鹿の野にも山にも聞ゆなり妻こひわふる秋の夕暮
本堂

宝永5年(1708年)、再建。同7年、完成。
本尊は薬師如来と軍荼利明王。
秘仏で、寅年に1ヶ月だけ開扉されるそうだ。
奥の院

本尊は飯縄大権現。
秘仏で、10月9日に特別開扉される。
「天狗様の大下駄」があった。
庭園の拝観料は500円。

庭園に入ると、左手に芭蕉の句碑があった。

最中の桃のなかより初さくら
出典は『泊船集』(風国編)。
『蕉翁句集』(土芳編)は「貞享五辰ノとし」とする。
寛政10年(1798年)2月、建立。
碑陰の「青枝・花嬌・風耳・一燈」はいずれも大島蓼太の門人。
花嬌は一茶と交流があったことで知られている。
道場の前にも芭蕉の句碑があった。

やすやすと出てゝいさよふ月の雲
出典は『笈日記』(湖南部)。
元禄4年(1691年)8月16日、義仲寺の草庵で詠まれた句。
芭蕉48歳の時である。
天保12年(1841年)、建立。
もうひとつ芭蕉の句碑があった。

雪中花
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初雪や聖小憎の笈の色
| 芭蕉
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群鴉鐘聲白月淡し山の春
| 壽雄
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雛僧の衣に梅の白さ哉
| 正一
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出典は『俳諧勧進牒』(路通編)。
『蕉翁句集』(土芳編)は「元禄三午とし」とする。
昭和7年(1932年)1月、建立。
庭園に高浜虚子の歯塚があった。

明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
昭和29年、鹿野山神野寺で詠まれた句。
歯塚に虚子の歯が9本納められているそうだ。
庭園の奥に夥しい数の句碑がある。
その中に高野素十の句碑があった。

盃を重ねていゝ花夕べ
昭和54年(1979年)、神野寺のトラが逃げて射殺されるという騒動があった。忌野清志郎が追悼コンサートを開催したそうだ。
ちなみに、昭和10年(1935年)1月21日、中島知久平邸でライオンが檻から逃げ出すという騒動があった。
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