宝泉寺〜桜井梅室の句碑〜
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田井菅原神社から金沢市子来町の宝泉寺(HP)へ。


石段を登る。


左手に小さな芭蕉の句碑があった。


柳陰軒址

ちる柳あるじも我も鐘を聞く

柳陰軒は鶴屋句空の草庵。

芭蕉は柳陰軒に一泊したと伝えられているそうだ。

      柳陰軒句空に舎るとき

   ちる柳あるじも我も鐘を聞

此く細道にもれたり。

『芭蕉翁句解参考』(月院社何丸)

『俳諧一葉集』『芭蕉句鑑』に収録されているが、存疑句である。

摩利支天山宝泉寺


高野山真言宗の寺である。

本尊は摩利支天。

 京都建仁寺の禅居庵の摩利支天、東京上野の広小路の摩利支天とともに「日本三摩利支天」と称されているそうだ。

本堂の前に桜井梅室の句碑があった。


ひと雫けふの命ぞ菊の露

もうひとつ梅室の句碑があった。


屋の棟にそふて殖けり梅柳

昭和34年11月、大河蓼々建立。

桜井梅室は高桑蘭更の門弟。

田川鳳郎、成田蒼キュウとともに「天保の三大家」の一人。
※キュウは虫+おつにょう

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