法眼寺〜碑巡り〜

黒石市山形町に法眼寺という寺がある。
黄檗宗の寺である。
延宝8年(1680年)、南宗元頓によって温湯村に開山。
元禄4年(1691年)、黒石第三代領主の命により現在地に移された。
法眼寺山門

寛保元年(1741年)、建立。
法眼寺鐘楼堂

延享3年(1746年)、建立。
鐘楼堂の南側に芭蕉の句碑があった。

出典は「真蹟画賛」。
百歳のけしきを庭の落葉かな
元禄4年(1691年)10月、彦根市平田の明照寺で詠まれた句。
寛政3年(1791年)夏、梅成・龜文建之。貞松筆。
梅成は木鴎の弟子として石黒宗石と並び称された。
文化9年(1812年)4月10日、没。
貞松は弘前の人。遠藤氏。闌更の門人。
『諸国翁墳記』に「落葉塚 奥州津軽黒石法眼寺内 建之 梅成・亀文・貞松」とある。
もうひとつ芭蕉の句碑があった。

花咲て七日鶴見る麓かな
出典は『俳諧一橋』(清風編)。
貞亨3年(1686年)3月20日、鈴木清風の江戸の屋敷で開かれた歌仙の発句。
天保14年(1843年)3月12日、芭蕉百五十年忌に松井如莱建立。
如莱は通称半六。
弘化3年(1846年)、48歳で没。
秋田雨雀の句碑もあった。

手を拡げて小さな実をこぼす初霰
昭和47年11月5日、建立。
秋田雨雀は黒石の詩人、劇作家、社会運動家。
私は知らなかった。
法眼寺本堂

明和6年(1769年)、再建。
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