本教寺 〜服部嵐雪墓〜

豊島区南池袋に本教寺という寺がある。
本教寺に服部嵐雪の墓があった。

服部嵐雪墓
江戸時代の中期の俳人で、雪門の祖である。幼名は久馬之助、江戸湯島に生れたといわれるが、出生については異説が多い。
通称を彦兵衛と称した。新庄壱岐守、井上相模守に仕えたが、のちに仕を辞し済雲和尚に従って禅を学び、松尾芭蕉の門に入り黄落庵、石中堂、寒蓼堂、不白軒、玄峰堂などの号がある。
彼は蕉門十哲の一人で、榎本其角と並び称せられ、名は広く知られた。芭蕉の死後、其角と江戸俳壇を二分し、門下に有名な俳人を多く輩出している。著書には「其袋」「或時集」「杜撰集」「若水」などがある。宝永4年(1707年)10月13日、54歳で没した。初め本郷駒込の常験寺に葬り、大正8年に改葬された。
東京都教育委員会
「一葉散り咄一葉散風の上」という嵐雪の辞世の句が刻まれているらしい。
大島完来筆という。
本教寺

宗派に属さず、単立寺院らしい。
本教寺の後にエアライズタワー池袋。

ビルの麓の寺である。
紫陽花が咲いていた。

もうすぐ梅雨に入る。
雑司ヶ谷霊園へ。
「私の旅日記」のトップページへ
