鼻顔稲荷神社〜種田山頭火〜
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佐久市岩村田花園町に鼻顔稲荷神社がある。


湯川の断崖に張り出した鼻顔稲荷神社


石段の紅葉


鼻顔稲荷神社社殿


永禄年間(1558〜1569)、京都の伏見稲荷から勧請して創建。

 京都の伏見、愛知の豊川、佐賀の祐徳、茨城の笠間と共に五大稲荷に数えられているそうだ。

鼻顔稲荷神社から大神宮神社に行く。

坂道の途中に荻原井泉水の句碑があった。


空をあゆむろうろうと月ひとり

大正9年(1920年)、井泉水が横浜在住当時の句だそうだ。

井泉水39歳の時である。

 昭和29年(1951年)9月、井泉水の弟子関口江畔の遺志により、江畔の子父草が建立。

 昭和11年(1936年)5月10日、種田山頭火は鼻顔稲荷神社を訪れ、記念撮影をしている。

 鼻頭(ママ)稲荷の境内で記念撮影。

 江畔老から牧水の事をいろいろ聞く。

 うれしくあたゝかくやすらけく寝たり起きたり、我がまゝをさせていたゞく。

『旅日記』

井泉水句碑の傍らに山頭火と江畔・父草の句碑があった。


浅間をむかうに深い水を汲みあげる
   山頭火

兄も弟も日にやけて学校へゆく日となった朝飯
   江 畔

あしもと照らしつゝゆくじぶんのあしもと
   父 草

平成17年(2005年)5月10日、山頭火句碑建立会建立。

大神宮神社は注連縄奉納の最中であった。

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