龍福寺〜浜の地蔵〜
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桑名市地蔵に龍福寺という寺がある。


龍宮山龍福寺


高野山真言宗の寺である。

龍福寺は浜の地蔵として知られている。

 浜の地蔵には白魚句碑を始め6基の碑があり、桑名市指定文化財になっている。

白魚句碑


明ほのやしら魚白き事一寸

出典は『野ざらし紀行』

 貞享元年(1684年)10月、桑名本統寺三世の大谷琢恵を訪れ、翌朝浜の地蔵に遊んで詠まれた句。

昭和34年(1959年)、伊勢湾台風によって旧碑は流失。

昭和39年(1964年)2月、建設大臣河野一郎再建。

初案句碑


雪薄し白魚しろき事一寸
   芭蕉翁

白うをに身を驚な若翁
   木因

出典は『桜下文集』(句商人)。

明ほのや」の句の初案である。

 「海上に遊ぶ日は、手づから蛤をひろふてしら魚をすくふ。逍遥船にあまりて地蔵堂に書す。」と前書きがある。

   明ぼのや白魚白きこと一寸

 この句、はじめ「雪薄し」、「無念の事也」といへり。

『三冊子』(土芳著)

昭和39年(1964年)2月、河野一郎建立。

白魚塚


伊勢湾台風で流失。桑名時雨蛤商組合再建。

碑裏に「東武一桑東 魚光建之」と刻まれていたそうだ。

麦林句碑


浜の地蔵とて絶景の地有。いつれの春にやはせを翁もしら魚の一句を此堂の柱に残されたりとかや。われも此秋此佳境にたたずみて、

蛤の宮殿見たり霧の海

『麦林句集』に所収の句。

麦林は伊勢山田の俳人中川乙由

大正14年、兎月建立。

伊勢湾台風で流没後、発見された。

兎月は美濃派の俳人汀庵千葉兎月。桑名間遠社を主宰。

大正12年11月、芭蕉の句碑を建立。

千鳥句碑


闇の夜や巣をまとはして鳴くちとり

出典は『猿蓑』

元禄4年(1691年)の句。

 寛政5年(1793年)10月12日、芭蕉の百回忌に文桃子貴楊建立。辟兒房筆。

伊勢湾台風で流没後、発見。

庚申塔もあった。

浜地蔵堂の常燈明


 揖斐川の堤防は、明治初期まではもっと川の中に位置していましたが、明治の大改修によって現在の場所に変わりました。「浜の地蔵」と土地の人々から親しまれている地蔵堂は、江戸時代は堤の上に建てられていました。ここは竜燈の松と呼ばれた名木に囲まれ、遠く知多半島や二見浦、そして富士山を望む風光明媚な場所で、人々の憩いの場となっていました。俳聖松尾芭蕉もここを訪れ、「明けぼのや白魚しろき事一寸」の名句を詠んでいます。

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