玉泉院
〜西行庵〜
善通寺
の末寺に玉泉院がある。
善通寺玉泉院
長寛2年(1164年)、崇徳院は46歳で崩御。
仁安3年(1168年)、
西行
は崇徳院の霊を弔うため、讃岐に渡る。
善通寺の僧坊玉泉院に数年滞在した。
玉泉院に西行庵がある。
久に経て我が後の世を問へよ松跡しのぶべき人も無き身ぞ
ここをまた我住みうくて浮かれなば松はひとりにならむとすらむ
西行法師が詠んだ「久の松」が境内に残る。
玉泉院に玉の井という泉がある。
岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな
西行はその泉の水を汲んで弘法大師の霊前に供えたという。
寿永(1182−1185)の末期、西行は讃岐を去り、高野山へ。
玉泉院に「俳聖芭蕉」の碑があった。
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