恵林寺 〜芭蕉の句碑〜
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西沢渓谷から国道140号を下る。

甲州市塩山小屋敷に恵林寺という寺がある。


臨済宗妙心寺派の名刹である。

元徳2年(1330年)、創建。

永禄7年(1564年)、武田信玄は菩提寺と定めた。

恵林寺三門


 天正10年(1582年)4月3日、近江の佐々木承禎らを秘かにかくまい逃れさせた快川和尚に織田信長は怒り、国師はじめ100余人の僧侶らを三門へ集め火をつけた。

安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し

信玄の歌碑


大僧正信玄

誘引ずばくやしからましさくら花実こんころは雪のふるてら

貞亨3年(1686年)、大淀三千風は差出の磯などを見て、恵林寺を訪れた。

○かくて甲府を立つ。さし出の磯、鹽の山、鵜飼寺を見て、かの信玄公菩提所、乾徳山惠林寺に案内して、荊山老和尚に謁し、旅行のはふれをはらす。當寺は古跡にて境内二里四方、殿閣重重(づしやか)に靈寳みな昔を戀る。種(くさはひ)也。例の虫喰牙を噛出し、長編を半軸記す。


佛舎利宝塔(三重塔)


明王殿


明王殿の前の小さな池に芭蕉の句碑があった。


古池や蛙飛こむ水の音

出典は『蛙合』(仙化編)。

貞亨3年(1686年)春、深川芭蕉庵で詠まれた句。芭蕉42歳の時である。

文化12年(1815年)10月12日、建立。

明治37年11月23日、伊藤左千夫は恵林寺を訪れている。

恵林寺の門の長道二側に栗の並木は落葉せりけり

山梨万葉温泉へ。

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