中尊寺 〜衣川古戦場跡〜

花巻温泉から東北自動車道に入る。平泉前沢ICを出て国道4号(奥羽街道)へ。
中尊寺(HP)は6年ぶりである。
月見坂を上る。
弁慶堂

義経と弁慶の木造を安置しているそうだ。
文政9年の再建。
夏休みで人が多い。
小杉未醒は弁慶堂を回想している。
奥州では、人の祠堂に像を作る習ひあつたか、前文佐藤兄弟の嫁女の甲冑堂もあり、此處でも、金色堂近くの辨慶堂には武藏坊立往生の泥塑、六尺ばかりの大入道の、色黒く逞ましく、分別臭きが、七つ道具を森の如く負ひなし、大薙刀をついて波型を踏んで居る、
東物見台

後三年前九年役衣川古戦場跡
前九年の役
陸奥の豪族安倍頼時・貞任(さだとう)・宗任(むねとう)らの反乱を源頼義・義家らが平定した戦い。1051年から62年の12年にわたる。源氏が東国に勢力を築く契機となった。
後三年の役
1083年から87年にかけて、奥羽の豪族清原氏が起こした戦乱。清原氏内部の相続争いが発端であったが、陸奥守として下向した源義家が清原清衡(藤原清衡)とともに、清原家衡・武衡を金沢柵(かねざわのさく)に下して平定した。これにより清衡は平泉における藤原三代の基をつくり、義家は東国に源氏の勢力基盤を築いた。
東物見台に西行の歌碑があった。

きゝもせず束稲やまのさくら花よし野のほかにかゝるべしとは
観音堂

本堂の前に黄揚羽。

本堂の前の松

中尊寺本堂

明治42年(1909年)の再建。
嘉祥3年(850年)、中尊寺は慈覚大師円仁によって開かれた。
弘台寿院中尊寺は東叡山末寺、当住浄心院。当寺は慈覚大師開基、貞観四年、元禄九マデ八百八十五年ニ成。金堂・光堂是也。
天台宗東北大本山の寺院である。
峯薬師堂

不動堂

鐘楼

芭蕉の句碑へ。
白山神社能楽殿へ。

山口青邨の句碑があった。

人も旅人われも旅人春惜しむ
毛越寺旧跡、まことに滅びるものは美しい!
中尊寺、金色堂。
あまりに現代色が光つてゐる!
何だか不快に感じて、平泉を後に匆々汽車に乗つた。
『旅日記』
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