新居宿
〜山頭火の句碑〜
JR東海道本線新居駅から国道301号沿いに歩く。
山頭火の句碑があった。
浜名街道
水のまんなかの道がまっすぐ
平成2年3月、新居町教育委員会建立。
種田山頭火
(1882〜1940)
大正・昭和の初期の俳人。
明治15年山口県に生まれる。本名は正一。
荻原井泉水
に師事。俳誌『層雲』に俳句を発表。大正13年、仏門に入る。尾崎放哉に傾倒、妻子を捨て庵を結び、一笠一杖の乞食行脚で各地を遍歴、禅味ある自由律の独自の句を残した。
この作品は、二度目の遠州路を旅した昭和14年4月、当時の浜名街道を直截に詠んだものである。句集『草木塔』に所載。
新居町教育委員会
新居関跡
東海道五十三次新井
渡船ノ図
新居宿
地震及び津波などの災害によって、宿の位置は二度変わっている。
宿には新居の関所と渡船場があり数百艘の船を有していた。
東海道を歩いて体力アップ
新居関所史料館
安永9年(1780年)4月25日、
蝶夢
は浜松の永田白輅と共に舞阪から舟で新居の関所に渡った。
もかり舟はま名の橋の跡かたれ
白輅は蝶羽の門人。通称岩次郎。遠州浜松藩士。
白輅の句
しくるゝや裏表なき葛の音
『しぐれ会』(寛政7年刊)
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