明泉寺〜観音堂〜

佐久市街から県道138号線香坂中込線を行く。
佐久市香坂西地の閼伽流山麓に明泉寺という寺がある。
明泉寺の石段

閼伽流山明泉寺

天台宗の寺である。
慈覚大師の開基といわれている。
本坊から観音堂へ山道を登る。
「南朝忠臣香坂高宗」の碑があった。

陸軍大将大迫尚道謹著
閼伽流城址は南朝の忠臣香坂高宗が後醍醐天皇の第8皇子宗良親王を奉じた所と伝えられるそうだ。
大迫尚道は日露戦争に出征し、第2軍参謀長に就任する。第2軍の司令官は奥保鞏。
昭和11年(1936年)5月18日、種田山頭火は荻原井泉水の弟子関口江畔と明泉寺を訪れ、「南朝忠臣香坂高宗」の碑を見ている。
信濃――北国山国はどこでもさうであるが――梅桜桃李一時開で、自然も人間も忙がしい。
此地方には山羊が多い、おとなしい家畜だが、あの鳴声はさびしい。
一里あまり歩いて、香坂明泉寺。
自然石のよい石碑が立つてゐる、曰く
南朝忠臣香坂高宗
『旅日記』
佐久平を見下ろす。

鐘楼

観音堂

観音堂の裏の道を下ると、芭蕉の句碑があった。

觀音の甍見や李つ花の雲
出典は『末若葉』(其角編)。
貞亨3年(1686年)、芭蕉43歳の時の句。
権大教正三森幹雄書。
昨年も明泉寺で芭蕉の句碑を探したが見つからず、鹿の角を拾って帰ってきた。
私の旅日記のトップページへ
