五智国分寺〜芭蕉の句碑〜

上越市五智に五智国分寺(HP)がある。
天平13年(741年)、聖武天皇建立。
永禄5年(1562年)、上杉謙信再建。
天和3年(1683年)、大淀三千風は五智国分寺を訪れた。
さて名高き越後の護國山國分寺の大伽藍は、聖武帝御建立日域第一の五智尊、坐像五尺有餘、放光蓮臺に膝をならべて坐し給ふ。
国分寺山門

天保6年(1835年)に再建したと言われているそうだ。
山門を入ると、左手に芭蕉の句碑があった。

薬欄にいづれの花をくさ枕
三重の塔

安政3年(1856)、着工。
慶応元年(1865)、上棟。
国分寺本堂

平成9年、再建。
天台宗の寺である。
本尊は五智如来。
明和8年(1771年)4月、加舎白雄は関川の里を越えて北陸行脚に出発。五智如来に参拝している。
名だゝる五智の如来を拝みて、
芥子ちるや御仏達の爪はぢき
文化3年(1806年)、岩間乙二は五智国分寺を訪れている。
本堂の手前左手にも芭蕉の句碑があった。

古池や蛙飛こむ水のおと
竹之内草庵

承元元年(1207年)、親鸞聖人は越後の国に流罪となる。国分寺住職は境内に草庵を結び、親鸞聖人を住まわせたそうだ。
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