天城山隧道 〜『伊豆の踊子』〜

『伊豆の踊子』の文学碑を過ぎて、天城山隧道へ。
天城山隧道

重要文化財 天城山隧道
この隧道(トンネル)は下田街道の改良工事の一環として、明治34年(1901年)に貫通、同37年に完成した。
全長約444.5m、幅員約4.1m、トンネル両端の坑門及び内部全体が切石積で造られ、川端康成の小説『伊豆の踊子』をはじめ多くの文学作品に登場するトンネルとして広く親しまれている。
平成13年6月15日、わが国に現存する石造道路隧道の中で、最大長を有する土木構造物で、技術的完成度が高く、明治後期を代表する道路隧道として、道路隧道としては全国で初めて重要文化財に指定された。
平成13年12月建立
明治42年、島崎藤村、田山花袋、蒲原有明らが旧天城トンネルを馬車で通っている。
大正7年、川端康成は修善寺から下田まで旅をした。
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大正15年、「文芸時代」に『伊豆の踊子』を発表。
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暗いトンネルにはいると、天城山隧道を見に来た家族がいた。

踊子のような娘さん

天城山隧道から八丁池に通じる道は現在途中2カ所が崩落して通れない。そのため水生地からワサビ沢を経て迂回する道を通らなければならないそうだ。
愛新覚羅浩(ひろ)の娘慧生(えいせい)は19の時天城山の八丁池で学習院大国文科2年の同級生大久保武道と心中した。
道の駅「花の三聖苑伊豆松崎」へ。
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