海と旅
  さようなら 餘部鉄橋      




 山陰本線の大鉄橋、餘部鉄橋が間もなく見られなくなるということを聞き、訪ねてみようと思いたった。餘部鉄橋は兵庫県の北西部にある。東京羽田空港から向かったのは鳥取空港。2006年11月の始めのことである。

 空港で予約していたレンタカーに乗車して、湯村温泉に向かう。夢千代日記の舞台となった山あいの温泉地だ。川沿いに旅館やホテルが何軒か立ち並んでいる。中心街に は源泉の湧き出す「荒湯」があって、湯気がもうもうと立ち上っている。傍には足湯の楽しめる川岸があり、源泉を望む少し奥まったところに吉永小百合の扮する夢千代 の銅像がある。この日はこの湯村温泉に泊まることにした。

 翌朝、いよいよ餘部に向かう。山あいの湯村から山陰本線の浜坂駅方面に道をとり、さらに国道178号線を東に進む。峠のトンネルを抜けて下っていくと、やがて右手に 赤い大きな鉄橋が見えてきた。
 JR福知山支社発行の記念切符によると「餘部鉄橋」は・・・1909年(明治42年)12月に着工、1912年(明治45年)3月1日に開通した。長さ309.42m、高さ41.45m、総工費33万余円。11基の橋脚、23連の鉄桁を持つトレッスル橋である。鉄道院技師 古川晴一によりトレッスル方式にて建設が始まった。橋脚の鋼材はアメ リカンブリッジ社のペンコイド工場で製作され門司へ。明治43年7月同港で3000t級に積み替え、餘部沖合いから、はしけで陸揚げされた。明治44年9月、桁は鎧(よろい:餘部の京都寄りの隣駅)構内で昼夜兼行で組み立てられ、カンチレバー工法(張り出し架設)で鎧方から架設された。

 山陰本線の時刻表をみるとここを通る列車の本数はそれほど多くない。ねらい目は午後0時半から約2時間。この間に1日2往復しかない特急が上下1本ずつ、鉄橋を通 過する。湯村温泉から餘部までの距離が意外と近く、早く着き過ぎたため、それまでの間、山 陰海岸を観光船で見てまわることにし、餘部から10キロほど東に行った香住港へと 向かう。三姉妹(しかも2世代、計6人)が船長を勤めるという観光船「かすみ丸」 がちょうど出航しようとしていた。

 出航して間もなく、船長が「左手、遠くの方に見えるのが餘部鉄橋です。」と説明する。ふと海面を見ると、越前クラゲが不気味に泳ぎまわっていた。この辺りの漁業にも少なからぬ影響があるのだとか・・・。観光船は、山陰海岸の奇岩を左手に見ながら、景勝地「釣鐘洞門」まで行って折り返した。

 餘部に昼前に戻って、鉄橋の下にある小さなレストランで昼食を済ませる。出てみる と大型の観光バスが1台停まっていた。「さようなら餘部鉄橋を訪ねるバス旅行」の ご一行さまのようだ。 列車と鉄橋をうまく撮影できるポイントを探す。小川の土手にコスモスがゆらゆらと 揺れていたので次の列車はここで撮影することとした。このアングルで撮影した写真 はそう多くないのでは・・と思いながら・・・。


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