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黄ばんだ雑誌集

オートバイ 2006年8月号




スクーター カタログ2001 2001,4,28発売
Scooterfan増刊号スクーターカタログ2001 Scooterfan増刊号スクーターカタログ2001
 「ソロはもちろん、奥さんをサイドカーに伴ってのツーリングにも行くという牧野さん。バイク事故以来、所有するようになったサイドカーは、このフォルツァで4台目。昨年8月、念願の購入だった。車いす生活になったのに変らずバイクに乗ってます。フォルツァは静かで乗り心地がいい。ブレーキもよく利くし、不安感がありませんね。」
 「シチュエーションに合わせた音楽が、のんびりツーリングを盛り上げてくれ、同時に隣の奥さんを退屈させることもなくなる。サイドカーならではの楽しみ」
 「イージーライドをサポートしてくれるのが、この特製のフレーム。ステップに乗せた足に無理な力を入れなくても、しっかりホールドしてくれる」
 「タンデムシートの上に設置したリアボックスはバックレストの役目も兼ねて、ライダーをより快適にさせてくれる。随所に工夫がされているスペシャルサイドカーだ」


ミスターバイク1990年5月号
ミスターバイクに載った爺さんの切り抜き4 言葉の端々から、人生に対する積極的な姿勢がうかがえる。加えて、明るい。ハンデを克服しての明るさは、とても強い。 国産にはない深い小豆色のHELIX。フットブレーキは、左のハンドルに移してある。乗車時にはシートベルトを締める。 ミスターバイクに載った爺さんの切り抜き1
BIKE FREAKS 牧野 裕二
丘を超えて行こう

私の肉体は、風を切り裂いて進む
私の下で、大地は生命を胎んでふるえる
ふくらむ。輝いている
私は大地とひつつに結ばれ
たからかに力強く口笛を鳴らす
そして風はなおも私に吹きつけ
私はさらに風を切り裂いて行く
進め、進め、あの丘を超えて

たった2年間でバイクと判れた
 車椅子の両輪を外す。サイドカーのリアパネルに突き出したステーに通し、手際良くフックで止めた。2、3度、ゆすってみる。大丈夫だ。
 車輪を外された椅子の方は、小さくたたまれて、バイクとカーの間のスペースにおさまった。この間、ものの2、3分。準備完了。
 牧野裕二さん(36歳)はHELIX(フュージョンの輸出バージョン)の分厚いシートに身を任せて、スロットルをあおった。滞っていた空気が、牧野さんのまわりで、急に流れ出す。
「モトクロスをやりたかったんだけど、金がなくてね。C2SSっていうの、知ってるかなあ。カワサキの120CCのトライアルバイク。会場までそれで行って、現地で保安部品外して競技に出る。終ったら、みんなが車に積みこんでるのを横目で見ながら、保安部品つけて、走って帰る。モトクロスよりは安上がりだったんだね、トライアルのほうが。ノービスで入賞したこともある。16才ですぐ免許取って、そう、18才の時だよ」
 日光からの帰り道、4号線。トラックと衝突した。気がつくと、ベットの中。
「あれ、俺どうしてこんな所にいるんだろう。あ、学校行かなきゃ。でも、どうして、もう夏なんだろう。たしか春のはずなのに」
 事故の前後2か月の記憶を失っていた。意識が戻る前に、うわごとのように「もうすぐバイク雑誌の別冊が出るから買わなきゃ」と何度も言っていたらしいが、もちろん本人は覚えていない。
 痛いでもなく、怖いでもなく、気がついた時にはすべてが終っていた。そして牧野さんは、腰から下の機能を失った。
 2年間の入院。そして1年間、社会復帰の訓練校に通う。翌年、市役所の福祉課に就職できた。
 何年かは忙しく過ぎていった。

 昭和56年の春。昼休みに、駐車場をボンヤリ見ていた。バイクが並んでいた。バイクが。
 乗るつもりはなかった。免許はとうに失効していた。しかし、たとえ乗らなくても「2輪免許」が欲しかった。神奈川県の運転免許試験場に相談してみた。「原付のサイドカー限定」で、許可がおりた。免許を手にしたとたんに、猛然と乗りたくなった。どこか、原付のサイドカーを作ってくれるところはないか。関東一円から大阪まで電話しまくった。すべて断られた。最後にかけたのが、愛知のサイドカーショップ東海だった。
「おもしろい。やろう」
 それが、東海のおやじさんとのつき合いの始まりだった。
 それから、2台の原付サイドカーを乗り継ぎ、今年、紆余曲折の末に「250CCサイドカー限定免許」を取得したのである。
 あの日から,18年が過ぎた。今ふたたび、こうして風の人になれた。牧野さんの今の希望は、東海を表敬訪問することだ。もちろん、このバイクで。
撮影/衛藤達也


ベストバイク1981年11月号
ベストバイクに載った爺さんの切り抜き ベストバイク1981年11月号
ゼロハンサイドカーは私の足がわり!
 私は昭和47年5月高校を卒業してすぐ、オートバイでトラックの左折巻き込み事故にあい、現在車いすの生活をしています。
 そんな私が、またバイクに乗りたくなり、運転免許試験場に相談に行ったところ(現在、普通車4輪限定)、3輪か4輪の原付でノークラッチならよい、という許可がもらえました。
 なかなか原付サイドカーを作ってくれるところがなかったのですが、愛知県にある「サイドカーショップ東海」で、タクトのサイドカー作りを快く引き受けてもらえました。
 けっこうキビキビ走り、相当な坂も登ります。車いすの載せ降ろしもひとりで楽にできるし、タクトを選んで本当によかったと思います。残念なのは、注文して10日後にフルマークが発売されたこと。
 最高速はまだならし中なので試してません。燃費は35Km/l前後で、私の体重(72Kg)とサイドカーの重さを考えればまあまあだと思います。
 これからは、のんびり安全運転でバイクライフを楽しみたいと思います。お世話になった東海の辻社長、スズカレーシングチームのみなさん、のりもの館の山口社長、ありがとうございました。
(写真説明)上:コーナリングもこのとおり  中下:バックギアはスバルR−2のものをつけた。車いすもこのとおりピタリ!


オートバイ 1982年4月号
オートバイに載った爺さんの切り抜き オートバイ 1982年4月号
<ホンダタクト>タクトサイドカーの横ウイリー写真だ。昔の人は言いました。”黄色はキチガイの色だから近づかんほうがエエ”こんな姿で街を走ったら、保健所の猫殺しだね、サイドカーにはマタタビでも入ってるんだろ?

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