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初春になって寒い台風に見回れました。強風で避難帰宅など考えもしませんでした。
その日は朝から、会社の通常帰社時間に合わせて娘のむかえに期待したもので心の平安を保っていました。障害の重い順に午前中に帰社を促され事態に変化しましたが、仕事が溜まっていましたので向かえの事情を話し断りました。
ところが、昼近くに娘から「帰宅命令が出たので帰る」と言うメールが来ました。心の平安はもろくも崩れ、大慌てで娘のタクシーに便乗し、帰る運びになりました。その後の状態は想像を絶する強風で、肩麻痺者の太刀打ち出来ないものでした。
無事に台風は去り、私たちの町は、桜がようやく咲きました。4月13日頃ですが、あっと言う間に咲き、気がつくと散るものと思います。
残念なのが、週末の度に天気がグズついているようです。薬による様々な影響で外出の機会が遠のいてしまいます。
薬の影響か、頭に霧が巻き付いているようないやな思いでいます。仕事がひと段落つきそうなので体調を整えたいと思います。
今年の花粉対策は医者にも行かず、市販の鼻「シュッシュ」でごまかしています。辛い症状も他の薬のせいで鈍く感じています。
その後、(五月間近)私の首から来る神経的な痛みに「リリカカプセル75mgを二倍」に増やすもくろみに失敗しました。1度は週末に試し、めまいがするので体調が少し回復するまで使用を控えました。
その後、再度試して歩行バランスを崩し転びました。幸い、ソファーの柔らかい部分で体に衝撃を受けることはありませんでした。ところが、自力で起き上がれません。家内と娘にベッドまで引きずり上げてもらい、しばらく眠りに落ちました。
当初の入院時代に、歩行訓練中に転んで以来の出来事でした。この処方を断念します。リリカ倍増計画は他の薬との兼ね合いもありうると報告する予定です。モーラステープで我慢をしています。時々、神経に走る針で刺されるような痛みは困ったものです。社会復帰の妨げが脳出血でない理由に置き換わる、様々な実態が見えます。
特に、また主治医が変わる病院形態の変化があります。脳下の主治医ではなく、総合的に把握できる病院で管理してもらう事をアドバイスされました。主に、内科に主軸を移している人も多いなど、足元まで見直さなければならなくなりそうです。
今こそケセラセラで進む底力で、乗り切りたいと思います。さくらも咲いたのだから。
何故かというと、先生に予約時間ちょうどで呼ばれたことがあるからです。待たされて当然というのが病院の代名詞だからです。
家内は時間に余裕をもって、私を追いかけてきます。案の定、その日は予定1分前で呼ばれました。当然、急いで来ましたので心臓がばくばくです。
検診の結果は、「少し痛みが落ち着く気配を見せているので、もう少し続ける事にしましょう。」です。その為、吐き気の出ている日に1日3回のロキソニンはやめて、リリカカプセルのみで様子を見ることになりました。
しかし、デパス+リリカがジェイゾロフトの効果を悔い始めている事実があります。気温が上がってきましたので、腕の痛みがガクンと減って来ることを期待する事にしました。
それとは別に、この時期に捕装具が壊れてしまいました。このトラブルは幸いに整形外科の診療日である土曜日に発注し、水曜日には着用できました。
その結果、その間に足の痛みが古い捕装具を付けた為に起こりました。予想出来たので、前もって休みをお願いし、免許の更新にも行ってきました。バカに暖かい日がきましたので、少し調子を戻しそうな気がしています。今年の冬は、昨年からの笑えない内容を引きづっていますが、早い行動で救われています。心配ごとを抱え込む状況で、後手に回ると抜け出せなると感じるからです。
連鎖的に起こる重度麻痺者の病的困難は、軽度なときが短く感じるので注意を要するものです。特に冬は辛いもので、回復から突き放されたように感じます。しかし、暖かさが出るとうそのように強気で過ごせるので、思い過ごしで落ち込まないようにしたいと思います。
追伸:腕の痛みが取れないので、リリカカプセルを倍にすることになりました。麻痺側の腕の硬さは寒さも手伝って、健常腕では対処困難に感じていました。痛みが取れて暖かくなるこの時期に、背筋、首などの矯正にチャレンジしたいと思います。
1月中旬。 今年の冬は雪にすでに2日取られています。12年目の開始に、1月半をのこすばかりです。その間に丸2日雪のため休業をやむなく取る事になりました。去年以前は、タイミング良い休日やNPOさんの救いでしのいできました。
今年は、送迎車、タクシーが渋滞で先行きが見えないまま、あきらめました。歩道は少しでも歩ける余裕も残されず、凍りついているようでしたが、夕方のニュースは、悲惨な物でした。私の出番は完全にふさがれた気がしました。
さて、相変わらず忙しいのですが、注射で利き腕の痛みを押さえていましたが、結局、2週間ぐらいで痛み出しました。
2月〜。整形外科の先生に虫の良いお願いをしました。もうしばらく仕事の都合に併せて注射で治療をお願い出来ないかというものです。案の定、断られました。
「吐き気は伴いますが、良く効く薬で対処します」とにこやかに言われました。たまたま、3月3日脳出血12年目に突入する記念日に様子を見せることになりました。
吐き気に耐え、通勤、新体制の勤務など。考えただけでもぞっとしますが、これを乗り越えれば、春は必ず来ると信じています。
雪の初日は、麻痺足にこむろがえりが早朝おきました。利き手で腱を押さえて逃れようとしましたが、腱鞘炎で力が入りません。祈る思いでいましたが、夜服用している精神剤とデパスのお陰で早めに抜け出せたのは不幸中の幸いです。
この週に検診車による、健康診断が行われましたので不安はいやがおうでもかき立てられました。
毎年、夏に行われている物が、地震の為、真冬の最悪の時期になったのです。ガチガチのこわばりにヘトヘトになって仕事に向かったのは言うまでもありません。
就業日数の少ない時期に、立て続けに追いつめられています。従業員の家族にインフルエンザが出た為に、休業を余儀なくされている人も出る始末です。しかし、この後に及んで仲間の気持ちが痛いほどよく分かるのもこの時期の特徴です。
さて、今回の検診で意外なこともありました。麻痺側の耳が聞こえにくい状態で、先日もイヤホンが抜けているのに気がつきませんでした。ところが、検査時では聞こえていることがわかりました。
「加齢で聴力が落ちてきます」と昨年の健康診断でショックを受けたものです。ところが、体調により変化しているので期待が持てます。
血圧検査も環境で高めになるものと覚悟していましたが、寒い検診車のレントゲン後でも範囲内で驚いたことに範囲内でした。」
厳しい状況下は以前より増しているのに、どこかで体制が改善している精神幅を感じています。腱鞘炎が治まることを願いつつ様子を見たいと思います。どのような経過をたどるか、見守ってください。
追伸
やはり、精神剤の効果で改善した状態が、腕の為に処方された薬に2週間目ぐらいから食われ始めました。吐き気は少なくて救われていますし、腕も治癒する動きです。ところが、記憶が飛び、夜中に(AM3時位)目が覚め仕事に影響を与えるようになっています。疲労感も多く、覚悟はしていましたが、有休をもらい厳しい局面を切り抜けようとしています。
複雑な傷害の連鎖反応が、治療のために使用した薬物のせいで、社会的に追われていく思いは悔しさを感じさせずにはいません。
「緊急報告」〜渡れない危険な道があった〜
魔の時間帯が現れたのです。現場は、駅に近い踏切です。
会社の帰りに娘と私、別方向から家内とお店で待ち合わせしました。家内が1ケ月以上、安静を要する病だったため、久しぶりの外食をする「花の金曜日」です。
娘との会話も弾み、遮断機の際前列で電車の通りすぎるのを待ちました。
しばらくして、魔の出来事が起きました。
すれ違う人、自転車をよけながら、線路に足を落とさないように歩いていたその時、踏切の中間位置であろう事か(電車の回数が多い時間滞を気にしない愚か?)遮断機が下り始めました。
多くの人と車、自転車があわてて行動し始めました。娘が私を誘導しましたが、遮断機は無残に下りてしまいました。
とてつもなく太い棒が、腰の位置で先をふさぎ、くぐることも事も許しません。その様子を見ていた人たちの中で、中央の細い棒の遮断機をこじ開けてくれた人がいました。
電車が迫っていましたが、分離帯の縁石が障害になり、持ち上がらない麻痺足では簡単に超えられません。残った娘は、懸命に誘導使用としますがあせりは隠せません。
私はとっさにいつものように娘の肩を借りました。階段を上るように縁石に乗り、そして降りる動作を試みたのです。線路に気をつけて中央に急ぎました。
遮断機の細い棒を中央で開けて待っていてくださった人の誘導にしたがい難を逃れました。お礼を言うか言わないうちに風のように電車が通りすぎました。後で考えた事に、もし縁石をまたいでいたら間に合わなかったでしょう。
もう一人の励まし者、沿道で見守る沢山の人。緊急ボタンでは間に合わない必然の事故未遂が現れました。
もし、いつものように一人で魔の時間帯の駅前踏切に出会っていたら、確実にスピードを落としきれない電車に逃げ場もなくはねられたと思います。
手を貸してくださった方、見守ってくださった方に感謝します。縁石をまたげない方は、(まつば杖使用者など)不用意に渡らないよう注意してください。
渡れない道があることを認識しました。
後日談ですが、その時急いで反対側の踏切を渡って店に急いでいたのが、家内だったと言う事を知りました。
しばらく、3人無口で感謝の言葉を心の中で捧げたことは否めません。
近所にコミュニティバスの停留所があります。前々から、一度利用しようと思っていました。お休みの夕方に駅まで家内と出かける用事が出来ました。
暗くなると足元が見えにくい為、勇気を出しての行動です。何故勇気がいるかと言うと、バスは片麻痺者の最難関の乗り物だからです。
立ちっぱなしの急停車など、事故につながる要因が多いからです。この日のこわばりは、昔経験したものより強いものです。案の定、バス停からアクロバットの開始です。
バスに乗る為、バス停の前の縁石ブロックに乗らなければステップに届きません。
家内の肩を借りバランスをとります。しかし、手すりにつかまる動作時、一瞬片腕を離し「つなわたり状態」になりました。ワゴンタクシーで、利き手の親指を打撲したことを思い出しました。
小型のバスで人気の有るバスですが、残念ながら一人では縁石をまたぐ停留所は利用できません。「はずれ」です。
社会整備が進めば、個人の支出が減らせるチャンスなのに残念です。消費税増税に使命感を感じるなら、平等に利用できる社会整備を考えて、暮らしやすい国を与えてください。
精神科で処方されたジェイゾロフトと、デパス安定剤との組み合わせで、12月は過ごしました。
血圧剤(アムロジン錠5mg)は120〜80のラインで落ち着いています。記憶の飛びも治まり、忙しさの中で新しいノウハウの吸収も出来ています。とは言うものの、もう一つの問題がおきました。
利き腕に力が入らず、出勤前に整形外科で検査をしてもらいました。
腱鞘炎と、首のヘルニアの疑いで現在進行中です。(この報告文は、書き貯めた内容を公開する前に、誤って古い物を上書きしてしまいました。‥とほほ、、)
一難去って、また一難ですが、新年を巻き返しの年にしたいと思います。
東北地方太平洋沖地震の被災地はきびしい冬を迎えています。勇気をいただいている事に感謝します。
その後、担当の脳外科医から紹介状を書いてもらい、他の精神科のある病院で診断してもらう事になりました。
そこで、言われたことは「欲張りすぎ」と言われるものです。自分自身に対して、年齢的にも過度の要求をしていると言うものです。
精神科医の見解で、デパス錠でも記憶が飛ぶことがあると言われました。この夏20日デパスを抜いたことも説明に加え、頓服としての使用がどの程度なのか、常用性がないかなど言葉を選んで診断されたように思います。
初診で以外だったのは、会話の中で自分自身に笑顔が出たことです。張りつめた疲労感が「欲張りすぎ」の一言で、和らいだことは事実です。
よく、精神的にまいっている人には「がんばって」は、禁句だと聞きます。その逆で、なぜか楽になった言葉が「欲張りすぎ」だとは意外です。
「少し、楽になる薬を出します」とその晩から処方された薬がジェイゾロフト錠25mgです。
あくる日、こわばりが今までになく強い物なので驚きました。しかし、今までに処方された薬に悪影響が無いとのことなので、デパス錠で切り抜けました。
この組み合わせで比較的良好なので、夕飯時服用を始めました。内心は、薬によって落ち着きを見せている感がぬぐえないことと、デパスのコンビネーションが欠かせない事の不安です。
言葉と思考に「だらだら」感はほとんど無いようですが、コーヒーの飲み過ぎでのぼせている様な感じが当初ありました。
しかし、一つ、驚いている事に、硬直感は強いものがありますが、運動の制御感が増していることです。腹筋も、麻痺足の関節を立てての本格的運動の実感がしていることに驚いています。
このチャンスに肉体を鍛えることが飛躍的に延びるなら、としばらく様子を見たいとおもいます。
続)その後、2週間あまり夕食後の安定剤を実行していますが、一定の感覚を保てているようです。極端に記憶の飛ぶ感じはしなくなっています。愉快な笑いは出ませんが、時間の感覚が伸び、思考能力は落ち着いているようです。
暖かい今年は、例年には無い気候で風邪がはやっています。幸いに、早めにインフルエンザの予防接種を受けました。寝込む要因は考えると多すぎてめまいがする思いです。が、ピンチの後にはチャンス有りで切り抜けたいと思います。
安定剤の調整は、コントロール範囲を取り戻せる状態で推移しています。通勤時でも、就労全般も痛み、こわばりを我慢出来ている状態です。冬場では、麻痺胸側の締め付けが、呼吸困難と強く関わることで改めて調整が難しいことがわかります。
しかし、健忘症のような傾向は、どうも薬だけのせいではないようです。注意力が極端に落ちている様子で、これにはさすがに弱りました。
去年の暑さは、それほど病的なものではありませんでしたが、就労での判断力低下は2名体制でチェックしている環境で、ダイレクトに状態が分かる仕組みです。
指導していた立場で自分の異常を知る事は、ショックを伴うものとして、とても辛い物があります。自信が1つ1つ、剥げ落ちて行く感じです。
最善を尽くしての入力ミスですので、二度のチェックは欠かせないことが自覚できます。今までの中では、深刻さがつのります。
担当医にもその旨告げましたが、「自分でも時々信じられない入力ミスに気づく事はあります」と言われましたが、加速して変化しているときには慰めになっていないのが実状です。
年齢を重ねる内に、普通誰しも多かれ少なかれ経験して行くことです。鍛えにくい目、耳などは分かり安いことで、比較的納得がいきます。進行が早く感じることも、気のせいではないようです。
しかし、なぜか感覚は一段と回復しているように感じます。頭の回転は落ちているのに、感覚は上がっていると言う矛盾を感じています。こわばりが痛みを発している状態と、注意力の減退は逆に同期しているようにも感じます。それほど、連続したこわばりが思っているより疲れを増幅しているのかもしれません。風邪気味での体調を含め、下痢気味であっても麻痺体は過度に反応しているところでも違いがあるようです。ともあれ、暑い夏、長い台風など疲れが回復していないことは事実のようです。
話は変わりますが、最近話題になっている脳の神経のバイパス訓練があります。
動かなかった麻痺腕、手を驚くほど回復させていますが、本来寸断された神経がつながる奇跡を現実視しています。
私の全く反応しない重度の手の麻痺でさえ、手首の回転運動をしていると痛みを感じやすくなっています。まったく、感じない世界が変わっています。
もし、指1本動かせる状態ならば、きっかけをつかみやすいことは想像できます。訓練していただける機会がくれば、復活も夢でないと思える、本格的なリハビリが体系化出来ることを願っています。
6人に1人が脳卒中者だと言われ始めましたが、積極的な研究とリハビリに取り入れる柔軟性を望みます。社会復帰出来たものとして、押しつぶされる無理解な環境を一日も早く改善出来る事を願います。病院を出された者には、再起の可能性どころか逆戻りのカウントダウンに、怯えている人は少なくありません。
日本を支える人脈が落ちてゆく、満員病院の世界です。付添いに健常者が取られる事は、一人重度の片麻痺者が現れたのではなく、麻痺に二人分の人質を取られたことと同じなのです。
再起を目指す努力は、確実に一人の人質を解放することなのです。まして、就労している者は、納税者の一人に加わる事で、足手まといなどではありません。
障害者の小さな努力を応援しなければ、健常者の暮らしもままならない実状を知るべきと思います。悲しみの連鎖を断ち切れる社会は、生きることにやさしいと思うからです。
いよいよ夏本番。(暦の上では、秋ですが)
にまわりました。通勤時の暑さをたんなる運動的なものだと思っていたからです。利き腕の薬指が、何故か最近引きつってきます。肩のコリから来ているものと気楽に考えていました。
その後、自分の憶測の範囲を超して、握りこぶしを作るところでの違和感が神経的なものではないかと疑い始めました。もう少し詳しく言うと、薬指と中指が重なるように引きつるのです。だからといって、利き足も異常であれば頭も疑うのですが、どうもこれは違うらしいとも考えてしまいます。
以前の脳梗塞が左に出ていたため、疑いは拭い去れてないにしても、今回、左手、左足と出たわけではないので他の要因、たとえば首の椎間板ヘルニアを疑うのが妥当でしょう。しかし、就寝から目覚めた頃が強いので、寝相に関係していると思います。以前も背筋を気にしていましたが、筋力の弱まりは否めません。日中の仕事中では、指の痛みは楽なのですが、背骨の歪みにより背筋が痛み始めています。ちなみに家内が誕生日プレゼントで肩乗せマッサージマシンを買ってくれましたが、コリの強烈な部分を攻めると、しばらくは引きつった指の痛みが和らぎます。気休めとも思いますが、今までにない症状で痛んでいます。
担当医が又も決まらない時期に、不安定な内容を相談できないでいることは、ストレスに感じます。そうこうしている内に、平日の早朝に健常側の手の平が握り締めたままうまく開かないのでビックリしました。少し力を入れて開くと痛みを伴い薬指がマリオネット状態でカクカクと開きます。冷や汗をかくのも感じます。(後に、けんしょう炎のバネ指と分かりました)
急きょ、家内に連れ添ってもらい、病院に行きました。脳外科では「CTスキャンに異常は見当たらない」と整形外科の診療を進めてくれます。病人でごったがえしていたので、初日はこれのみで終了です。
あくる日、本来休業日だったのですが、同じ病院にもう一度早朝出かけました。付き添いなしで、一人で外来回診を待ちます。しばらくして、レントゲンで手の平だけの撮影を行い、間もなく状態が明かされると期待しました。咽が渇いてきたのですが、しばらくの辛抱と思い待ちます。自分がいない間に名前を呼ばれて、後回しにされる事を恐れたためひたすら待ちました。結局、「甘かった」の一言で、待たされ続けて4時間以上。それにしても、原因が分かりましたので良しとします。
けんしょう炎のばね指と言うことで、痛い箇所の手の平に注射をされました。肩こりの負荷は首から来ているものだそうです。ステロイド系の白い液体の薬を麻酔と共に、手のひらに注射されました。薬指と中高指の根っこあたりに、思ったより多く注入されます。麻酔のシビレが夕方になっても続きました。明日も痛みが出るかもしれないといわれたので会社に事情を説明し、休ませてもらうことになりました。(これは、片手者にはしびれ、脱力感が現れた場合危険を感じますので正解です)このまま痛みが残っている場合は、来月再び注射をします。それでもだめな場合は、手術になるそうです。
片手の入力作業がいかに過酷なものか、知ることになります。力が思うように入らない残り指3本が、生活をしばらく支えなければならない危機感は深刻です。家に帰っても、物を落とす事が頻繁に起こり、困ったものです。
あくる日は、手の平は軽く開きますが握ると間接が少しぎこちなく、コキコキとまだぎこちなさを感じます。腕と脇の下に向けて鈍痛とだるさがあり、他人の手のように昨日と同じく力が思うように入りません。麻酔により、シビレが薬指中心であったのに対して、利き腕全体の倦怠感は片麻痺者の就労には負担が多すぎると感じました。この頃気づいたことに、無理に短時間の就労内で仕事を終わらせようとしてきました。そのことで、強迫観念が少し出てきたことを真剣に考えなくてはいけない状態だと思います。
ハンディキャップを帳消しされる今の平等?の就労環境は、重度の障害者にはより厳しいものに感じます。特に片手の片麻痺者には、オプションキーを多用して、両手作業者に対抗しています。このようなか所で「けんしょう炎」を発症してしまうことは通常生活が出来なくなるので要注意です。
今後、痛みが出ればもう一度注射をし、それでもだめな場合は手術だそうです。2回目では、大抵が落ち着くと聞きました。その後の経過で、驚くほどの回復力を経験しています。ステロイド系の注射を早い時期にしていなければ、手が開かない状態で途方にくれていたでしょう。手のけんしょう炎は、「恐れるに足らず」と、今のところ一安心しています。改善すると首からのひどい凝りも、和らいでいることに喜びを感じています。
お詫び:「はげましリンク」の相互リンクにコマーシャルを目的とした内容が多く、対応できていません。申し訳ございませんが、割愛をお許しください。
話は変わりますが、約10年近く履けていなっ靴をほぼ履きこなせるようになりました。
うれしいことです。
急に暑くなる気配がしています。地震は少なくなりましたが、依然続いています。
経済的にも各地で影響が出ていますが、次第に全体を覆う雲のように闇に飲み込まれそうです。深刻な就職難の話がなくなってしまったような錯覚さえ起こしそうです。部品一つ無いだけで、完成しない製品が多く存在している為、就職内定も自宅待機、もしくは取り消しなど散々です。
天変地異の被害には、延滞金などは支払われないことで、完成しない家など不要な借財に追われる人もでます。一見関係ない地域の人々も、難民になってしまう恐ろしさが見えます。
さて、今年の夏は昨年熱中症で亡くなった人と同様、命がけになりそうな気がしてきます。なぜなら、昨年の暑さは私にとってクーラーなくしては成り立たないものだったからです。補助的な扱いで過ごせていたはずなのに、スイッチを切ると何も手につかない温度になってしまうからです。風邪をひかないように微妙な温度調節を行いながら、それでも1ヶ月「ぼうっ」として、仕事以外プライベートで予定を消化できなかったことです。真剣にプランを考えないと、夏の進化は見込めないと思ったからです。
それにもかかわらず、生活停電が仕事上でも影響することを想定して、早朝出勤しなければならなくなりそうです。休日の停電はどこかで避難場所を探さなければ、体調を維持できなくなりそうないやな予感です。近年、ヨーロッパで熱中症を回避できなかった理由に、クーラーの設備が普及していない事を揚げていたからです。
ところで、若者が連休にボランティアを買って出てくれることに、うれしい驚きを感じています。平和ボケと日本をさげすむ言葉も、払拭させてくれるたのもしさを感じます。たとえどんな高尚な意見も、現時点では「参加したい、参加するんだ」の命の共鳴が勝ると思います。
話は変わりますが、3連休を平日勤務で区切られた大型連休です。仕事の余韻が抜けきらない感じがします。
気分転換をすることは、精神衛生面でも大事なことです。「心配事」を大量に抱え込むと正常な生活が出来なくなる事や、回復の時間もかかってしまいます。何よりも、本人自身が気づかず、強制することが難しいものです。自分の調子のパターンをつかみ、落ち込む要因を遠ざけることも必要です。元気な人に、パワーを分けてもらう時間を得たいものです。
平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の犠牲者の方に冥福をお祈りすると共に、生き残ったものとして最善を尽くしたいと思います。
東北地震が始まって8日目。私たちの暮らしは毎日のように生活停電、強い余震など、今までに経験したことのない不安の中にいます。現地では津波の爪あとのすさまじさを、ぼうぜんと眺める人たちの悲しみで埋め尽くされています。
原発の恐怖は、進行中。不甲斐無さは、ガソリンが手に入らないこと。「物資が緊急時に届かない国」に、世界に誇る車産業、そして長寿の国が加えられたこと。
当日の体験:会社でパソコン作業中、いつもにしては、長い時間大きな横揺れを経験することで始まりでした。
しばらくして、2度目の長い横揺れの後で、近所の公園に避難することになります。4階から階段で緊急用のヘルメットをかぶり、ジャンパーを着て、比較的冷静な行動で近所の指定避難場所に行きました。
避難先の公園の中でも揺れが襲いましたが、悲鳴は聞こえてきませんでした。立っていては足が持ちこたえられなくなりそうで、しばらく木策にすがり、様子をながめていました。
その後、帰宅命令が社の一部で出たようで、私も社に戻りました。回復したエレベーターを利用して、早々に帰り支度をはじめました。
以前経験したことに、タクシーの待ち列に1時間も並べない体力であることは承知しています。帰宅する具体策の浮ばないうちに、家内からと電話の取次ぎがありました。
「運良くタクシーがつかまり、そちらに向かいに行く」という内容でした。早々に帰宅出来たのは、後日談から幸運なものであったとわかりました。家内の迷わぬ危機判断に感謝しました。
途中、停電の国道に突入し、自宅マンションも同様に薄暗い町全体、停電エリアでした。(後記:6階まで自力で登ったことも部屋中散乱した様子も、夢の中の出来事のように思えます)あくる日、利き足がひどい筋肉痛に襲われたことは言うまでもありません。
停電の自宅:懐中電灯、ラジオを探し当て、都市ガスのリセットボタンが解除できました。しかし、ガスストーブは電気がなければ使い物にならないことに気づきます。携帯のメールで家族の安否を確認し、ろうそくの明かりで一晩過ごしました。(娘はバイトで都心に取り残されていました)
会社から比較的近い私は、緊急要因で1日待機後、借り出され仕事に従事しました。その後も、電車は動かず、動き出してもエスカレーター、エレベーターの無い、「階段は地獄の訓練」の始まりです。
余震が毎日のようにありますが、以前経験していた地震のビックサイズに引けを感じません。すこし、揺れに慣れてきましたが、1週間以上たつとさすがに寝不足、地震酔いなど血圧を上げています。
追伸:最近生活停電の影響で、帰宅時暗闇の街を経験することになりました。車の渋滞でタクシーを利用しませんでした。これは正解でしたが、駅で明かりの回復を待つべきでした。辛うじて自宅マンションまで帰りましたが、1階の屋外非常階段で足が上がらなくなりました。暗がりの中、バランスを崩しそうになりました。帰宅していた家内を携帯で呼び、懐中電灯を照らしてもらいました。「身の程知らず」でした。反省し、乗り切りたいと思います。見守ってくださった被災地の犠牲者の方に黙祷。
雪も降りましたが、車の手配など読みどおりでした。とは言うものの、朝の徒歩通勤時、日陰に残っていたわずかな雪と氷が一部道路全面に立ちはだかった場所がありました。躊躇しましたが、場所を選んで何とか切り抜けました。
ほとんど利き足だけに体重を掛けていた頃に比べ、麻痺足に腰の低い重心部をあずけていますので不安定さが減っています。もちろん、滑ってころんで見なければ分らないのが雪道の怖さです。
さて、最近駅の近くで大型ショップが出来ました。それにより交通の流れが変わり、渋滞箇所が私の生活エリアに影響を与えています。タクシーの料金が増えてしまい、歩く量が「回復しない疲れの季節」に増え、いらだちを感じさせます。
ローカルな話ですが、以前から駅前の整備についての話は二、三転し、十分な計画がされていないと聞いていました。行政が財政難で、民間の計画に弱者があおりを食うと言う、分りやすい例です。
この話には続きが有りそうで、せっかく進出した大型ショッピングモールも、客足が遠のき始めているようです。一時の問題に終わりそうですが、不景気はもっと怖いだけに、複雑な心境です。
話は変わって、訪問介護の不正受給を行っていた事業所が摘発されました。5分立ち寄って、40分の請求をし、又、一度も行っていないのに請求書には書き加えていると言うあきれたものです。宅配でも荷物を受け取ると受領書に印鑑を押すことが常識です。サインの出来ない人は、日付入りデジカメ確認など厳しくなることは間違えありません。福祉関連で不正に手を染める存在は、みんなが大事な国民の税金で暮らしていることを肝に命じることです。
3月3日
節分の日、休業を利用して眼科に出かけました。風がとても冷たいので驚いています。マスクを付けても、くしゃみと鼻水、目のかゆさとなれば、恒例の花粉の季節です。
今年は、昨年の8〜10倍の飛散量が懸念されていたのですが当たりました。昨年と同じ目薬だけではくしゃみがひどく、鼻、のどの粘膜がダメージを受けています。しかし、目のかゆみが弱いので、助かります。もうすぐ春。11年目に突入です。
二月になって一息つければ良いがと思っています。寒さのせいで疲労がかさんで行くのがわかります。安定剤も仕事に支障が出始めたようです。普段では考えられないチェックミスを犯しました。早急な訂正とお詫びで辛うじて難を逃れました。
この季節一番恐れている内容です。「本人の記憶の喪失」を後でたどりながら確認して思うことは、思考がパラレルに働きづらい領域にいることです。調子の悪いときは複雑な環境状況においても、インターバルを確保できることが重要です。現在の職場で2人理解者がいることで救われていますが、異動などで障害の特殊性を把握されない事が精神的不安材料になり得ます。誤解を招きやすくなりますので、早めに事情を説明しておくことが大事だと痛感させられました。
脳出血の定期健診で、又、主治医が変わります。様変わりして行く病院に、不安定な医師体制が見え隠れしています。不安材料が、1つでも減ることが大事な季節なのに残念です。
さて、今回昼食後、わずかな仮眠で起こり始めていた「燃えるような食道と吐き気」について処方を受けました。「再発・再燃をくり返す逆流性食道炎の維持療法」としてタケプロンOD錠15消化器用剤を使い始めました。背中の変形が原因の1つにあげられていますが、首のヘルニア等、上半身の筋力トレーニングが問題だと思い始めています。この冬場、体調的に厳しさが加わっていますから、薬物のコントロールが難しくなっているのは否めません。幸いなことに、インフルエンザ及び、風邪などの流行には難を逃れているようです。今しばらくの冬眠体に春を待ちたいと思いますが、気温が7℃以下になるとしびれも「痛み化」するつらさは、続いています。
最近、歩き方が又変化したのか、斜面を歩くことが苦痛になってきました。(12月中旬)
補装具の内部で踵(かかと)に力が加わる状態を意識すると、足首全体が硬直し足の裏と、指、くるぶしと痛みを広げていきます。
イメージとしてどこの力を抜き、体重を移動させるか考えて歩行をしますが、収まりがつきません。足の傷は治ったのですが、変化した歩行状態は崩れた状態のようです。補装具の足首のマジックテープが、走行中に緩みバランスを崩しているのかも知れません。決定打とは言えないようです。
変化の途中で苦痛を伴う状態がいくつか現れています。それは、背筋が弱ってきていることです。一人で鍛えることが難しいと感じていましたが、机の上で肘(ひじ)をついた状態で体重を乗せ、腕立て伏せのまねごとをしています。
なぜ「まねごと」と言っているかは、麻痺腕を机に載せた姿勢そのものがきついからです。柔軟をしているとしか、思えないからです。それゆえ、背骨が曲がって行く予防の筋肉運動にはなっていないと感じています。
そこで、定期的に専門のリハビリが受けられると、どんなにありがたいか分かります。そんな折、国会で脳卒中対策基本法案提出が行なわれるようです。大いにこれからを期待したいと思います。
現行の制度が「自立を目指す片麻痺者」に実質的に役立ものが少ないのに驚かされます。かつて、ケアマネージャに相談したことで、落胆したことを今でも思い出します。就労するとほとんど、何も使え無かったからです。
今からの時代で懸念するものに、就職難に直面している若者が増えていることです。体を壊す要因に精神的ストレスがあります。待ち受けている「静かな殺し屋」脳卒中を社会的に呼び集めているように感じます。酒、タバコなどなど、富裕階層にも容赦なくおそいかかります。生存の意味を直接的に感じさせるのが、この病気の「習慣病」と言う位置づけの怖さです。私にとって、油切れの心と体が再び「病院行き」となることへの不安は増大しています。将来の家族を支える世代に、優しい国であってほしいと願います。
ところで、最近連続で通勤電車の席を譲ってもらいました。年に1〜2回でしたが、連続3日は快挙です。実際、若い人たちがガードをしてくれたことは、心強さを感じさせてくれました。福祉社会のあり方を確実に行動で表してくれる人が増えると心が暖まります。感謝!
追伸
暮の休みに入ったばかりの出来事で、変化が起きました。
徒歩距離が、ほぼ倍に伸びていることがわかったのです。麻痺足のうち股(もも)から脹脛(ふくらはぎ)に力がコントロールでき始めています。以前は、座っているとき外側に力無く開いていました。ところが、両膝(りょうひざ)を合わせる力が働いて、揃える動作も現れました。座って麻痺足をわずかに浮かせることが可能になっていたのです。
足の感覚の伝わり方が増し、履けない革靴もついに使えるようになりました。靴底を削っても硬さが残り、地面の引っかかりであきらめていたのです。靴が「やわらかくなれば」と思っていたことより、麻痺足が少し高く持ち上るようになったことは突然のプレゼントをもらった感じです。
力を加える為、こわばりは以前よりも強く感じるものとなりますが、それを超えて生活空間が広がることを期待しています。
麻痺足を勤務中イスにぶつけたようで親指から化膿が始まりました。爪が押されて食込み、それが膝の裏の筋などに痛みとして現れました。休み明けの出勤時、歩いて見て歩行を断念しました。
タクシーで会社に出かけ、保健室で協議し結果病院に行く支持を受けました。休めない大事な時期なので、手当て後、会社で仕事を行いました。
診察で「麻痺者の怪我がきっかけで癖になって重症化したケース」は珍しくないそうです。その結果爪の処置も含め、手術が必要との事で、初期段階の私は今からの対策が重要なものです。
その後、化膿止め、痛み止めなど薬が強い効果のものを使用しました。3日で再診を予定に組まれましたが、休みが取れないので1週間後休日に塗り薬だけで行きました。
毎日、足を洗い消毒を欠かさないで順調に回復しました。1番の注意は、同じ場所をぶつけない事を意識しました。早朝の出社は連日、NPOの送迎車を依頼しました。
今週だけで相当の出費となった事は言うまでも無いのですが、有休を半日消化しただけで「休業」が、「有休」の差し替え状態に昨年からなっています。人員を削減して休業させれば、残された人も忍耐力の苦痛の中であえいでいる事実です。しかし、仕事がなくなる怖さで、公に不満を言わなくなる事も事実です。不景気だとしても、決して正常な生活の在り方で無いと認識しなければなりません。「たてまえとほんね」で人を傷つける事を当たり前だと若者が心に暗い影を落とすことは怖いことです。
話は怪我に戻りますが、足を清潔に保って爪を小まめに手入れすることに努めます。もちろん、今度のように社内で人の離合の際、イスの所在に気をつけたいと思います。感覚が無い(薄い)状態が、現実に被害となった事例です。
ちなみに感覚が無いことは、ぶつかった気配が、強度のものであっても危機感に結びついていないことです。「障害者がいる環境で忙しいと言うこと」それ自体、危険と隣り合わせだと言うことをもっと認識すべき出来事だと感じます。
10月中旬、気持ち悪い暑さが続いて、咽からくる風邪に家族は見舞われていました。
そのころ、私一人無事でしたが危機を感じ、3種混合インフルエンザの予防接種を行いました。ドライアイもひどくなりそうな気配に、眼科にも行き眼軟膏を指定して処方に混ぜてもらいました。
このときは、内科と眼科を同時に、効率よくすませる事が出来ました。偶然ですが、一つは予約制の内科で、知らないで飛び込みをしました。眼科のとなりに内科の開業医があり、予備のワクチンがあることで受付の人が便宜を図ってくれたからです。あえてこの報告をしている理由に、病院は込むものと諦めているからです。短時間で2つこなすことは私にとって驚きです。
待ち時間の長い眼科が、外出を認めて順番を保ってくれるシステムだったことに要因があります。総合病院では出来ないことが、出来てしまう便利なところです。
それと、重度の身障者が一人で内科に来院することで、受付の対応が昔に比べて格段に良く感じるのは私だけでしょうか。
込み合う状態で動作の遅い障害者は、敬遠されがちになります。表情や態度で、悲しい気持ちにさせられることが多かったので、公共機関の意識の変化は格別です。
数日後、風邪に注意をしていましたが、感染の順番が回って来ました。インフルエンザでは無いと分りますが、咽から、鼻咳と私も順番にかかってしまい、咳がしばらく抜けませんでした。下を向くとポタポタと鼻水が落ちてしまい、本格的な風邪薬の使用も考えましたが、仕事に行けなくなりそうで特別咳止めなどは飲みませんでした。それにしても、寒さの弊害がほとんど無い10月でいられるのは不思議な気持ちでした。
11月に入りました。平年並みの気温があらわれ、当然のように体調が悪くなりました。休み明けでは顕著に現れ、出社前に疲れてしまいます。又しても、重度の障害者を思い起こさせます。
さて、無料のプロバイダーで就職時のパソコンスキルアップを参考に公開していましたが、勝手に終了になりました。どこも、採算の取れない分野は、縮小、買収など厳しさを増すばかりです。(自然終了させて、もらいます)
社会復帰できている喜びは感謝に絶えないのですが、就職難は深刻で海外に進出しないと企業は生き残れない円高地獄です。年金受給額より生活保護費の額を超えているようです。それに引き換え、年金支払いを若い世代だけでなく、一般人も行わない人が増えているという厳しい現状です。
何は無くても、麻痺体は、まだ回復の余地を残します。見守ってください。
猛暑の夏は、どうやら終わったようです。思ったとおり、急に平年並みの気温が入り乱れ戸惑いを隠せません。
ところで、健康診断で聴覚に異常が見つかり、急激に障害側だけに進行したもので、CT検査しました。頭部の耳に近い箇所に何か障害を起こすコブなどが見つからないかと言うものです。担当医の診断では今のところ見つからないという見解です。念のため脳外科以外の耳鼻科で精密検査を計画しています。加齢の問題がすべてかどうか、見解を得られるかもしれません。
耳鼻科の以前の見解では、「嚥下が良くならず、悪くなるよ」とさらりと答えられて立ち消えになったことを現在の担当医につげました。
今度は受付で事情を説明して、先生を指定してもらうことを進めてくれました。
現在の会社での状況は、休んで通院を要求されると不都合が生じます。残業勤務無しで休業シフトです。仕事が回りませんので、有休も取れていないのです。全体のスケジュール調整を月変わり直前の公開では、気が引けるのもご理解頂けるはずです。
しかし、この弱気が病院を遠ざけ、重病にしてきたことを思うと実行を心がけたいと思います。
もう1つ、インフルエンザのワクチンも早めに接種したいと思います。
猛暑でかたづけ事など、年間予定が1ヶ月ずれ込んだことが気になります。なぜなら、急に寒く感じることが起きているからです。
体は動くが、頭がついてこない歯がゆい夏が、来年も同じ様相を示したらがっかりです。
ところで、血圧の上も上昇し始めているとの見解に、血圧剤アムロジン錠2.5mgを倍に増やしました。血圧計を一人で余裕を持って測定できるものを購入、本格的な測定も開始し始めました。健常腕に通し、スイッチを押せるものは、これしか今のところ見当たりません。通常は血圧測定の加圧帯の準備で疲れます。一人では麻痺腕の血圧しか測れなかったからです。
家族のスケジュールに合わせて、朝晩決められた測定の負担を求めなくてよいことは、うれしいことです。
片手で容易に操作できるものを見つけられたことは、より正確な測定が出来る安堵感を与えてくれました。体制を整えた後で、スイッチが容易に入れるものが可能にしてくれた、バリアフリーの一品です。感謝。
連続真夏日が最高記録を次々と塗り替えようとしています。熱中症で病院に運ばれた人の話は、めずらしいものでなくなりました。
景気は回復しているのに、円高が足を引っ張って80円台で利益を帳消しにする勢いです。新卒者の就職も早くも昨年に引き続き、浪人が出る見通しです。車の補助金も終わりです。明るい話題を見つけるのは、至難のわざのような気がしてきました。それでも、生かされていると思うことに代わりがありません。
話は変わりますが、最近の薬分け作業がうまくなっています。ミシン目で2つの状態を屋根型に折、ハサミをくぐらせて1つに切り分けます。作業療法の訓練のつもりでやると、精神鍛錬になります。
さて、脳卒中が暑い時期に現れることは知られています。ビールなどアルコールの摂取も多くなり、水を取らなくなることも要因です。アルコールは、飲んでも水ではありませんので、寝る前のコップ1杯の水が命を救うと言われる理由です。
クーラーなしで過ごすことが危険な状態では、朝のスポーツドリンクも今年は必需品です。特に目覚めて、一口飲むだけで汗ばんできます。急に立ち上がることで、水分不足の脳がドロドロの血で悲鳴を上げてしまう怖さです。
ところで、健常者でも熱中症になった場合は、体に痙攣が起きることは知られています。似たような痙攣を経験していますので、麻痺体ではどのようになるのか分かりません。
又、加齢と共に、熱に対する感覚が鈍くなることも言われます。しかし、自分の体ではどのくらい水分を欲しているか、汗を感じないと危機感としては行動に結びつきません。
麻痺体の回復にいよいよ自信をつけてきたことから思えば、異常気象は水をさす出来事に違いありません。
歩行と筋トレを今までになく伸ばせるチャンスを試みたいのですが、暑さをかわすだけで精一杯の状態で今しばらくの辛抱です。
梅雨の話題からすでに猛暑のニュースに変わりHPをUPしそびれています。熱中症でたくさんの人が亡くなっています。今年の夏本番は脳卒中者にも要注意です。クーラーが嫌いだからと言って、過ごせる状態に無いように思いますが、難しい選択です。半身の感覚が薄い状態の私も例外ではありません。塩分と水を意識してリハビリの歩行は気温とにらめっこで行っています。
そんな中、ふらつく動作が多く「さすがに夏だ」とのんきに考えていましたが、どうやらそれだけではないようです。
麻痺体はより進化した部分的な正常な動きが加わりました。それにより、歩行の上体の振れの幅に負担の分散化を感じています。
麻痺腕を支える肩は前方に傾き、重そうな体を引きずるような体制を感じていますが、麻痺側の体制が背伸びをし、胸を突き上げる姿勢を取れるような勢いです。太ももを持ち上げる動作もつられた動きをしています。一定のリズムがまだ思うように取れないので、ぎこちない振れになっています。スピードが上がり、腰が落ち着く感じはまさしく進化を思わせます。以前は沈み込む麻痺側の体が、失速して突っ伏してしまう怖さを感じました。それ故、利き足だけに体重を掛けていた時期を抜け出せると思っています。
大きなテンポでゆっくりした動きが可能になることは、より散歩が楽になり精神的に新境地を見出せるに違いありません。
そんな折、麻痺肩から腕に変化が現れています。肩は矯正ギブスを取り付けられたような窮屈感が現れています。腕は、表面上でかゆみを感じ始めていますので、このことも状態の運動を呼び覚ましてくれると期待しています。(自分自身での上体筋トレは、怠慢により思うように進んでいません)
実際の歩行時には、麻痺腕振りを意識した(実際には振れていない)動作を試みています。意識が持続するときに、麻痺足も自然に硬直して「立ち上がる伸び」の状態に入ります。胸を張って歩く、行進の時を思い出します。麻痺肩が異常に上がって感じていましたが、店のショウウィンドウに映る姿勢は、普通の位置に見えます。
さらなる感じ方としては、傘をさして歩行をするとき前傾姿勢が強いと感じることです。「立ち上がる伸び」にはまだ違和感が多くあります。以前よりも軽く感じる体重も期待は持てますが、信号待ちなどで動作が止まり、連続した筋力の安定部分が逆行することは麻痺足の弱みです。ウォーミングアップは1度ではすまない感じは、連続した強制的な刺激で成り立っていることを意味します。
さて、進化のうれしさとは裏腹に、疲労がはげしいので眠気に襲われます。しかし、いつ仮眠に入ったのかわからない意識の欠落に似た状態は、あまり気持ちの良いものではありません。
お蔭様で、ウエイトコントロールは順調です。麻痺体が夏場体調を崩してしまうことが恒例でしたが、そのたびに衣服に神経質でした。感覚が解けていく範囲が広くなると、薄着をしていても大丈夫になってきました。そのぶん、一枚余裕の物を選べている自信で、快適さも調整できているようです。
又、冷房の効き過ぎを意識しています。以前のほとんど感覚が無いという状態は、半身では不快の状態に気づくことが遅れ、吐き気、下痢などの不快なすごし方をさせていたのかもしれません。もちろん、体力もそこそこに向上していると思われますが、夏は体が緩むので、人間らしい感覚も増えます。その感覚により思い起こしてくれる内容も多く、心の引きこもりから脱出できる機会を与えてくれるものと思われます。
一時、加齢とは逆の復活劇を麻痺体が演じてくれているような気がします。又、「生かされている」と言う思いも貴重な経験であることは言うまでもありません。
2週間で安定剤を抜くことが、限界に達しました。会社勤務後半で呼吸困難に陥りそうな気配に襲われたからです。
麻痺体の嚥下は、特に神経的な疲れには弱く、声のかすれと共に締め付けてくる厄介なものです。見る見るうちに、疲れは悲鳴に似た危なさで生活をおどしてきます。その日は特に重要で、目標を立てる打ち合わせが残っていましたので、やむなく服用しました。通常は無理をせず、薬を共用することを言われていますが、どのくらい持ちこたえられるか知っておくことは重要です。神経の薬は頓服薬としての即効性に救いがありますが、中毒の怖さも否めないからです。
たとえよくマッチしている安定剤でも、記憶が飛んだりミスが連続したりすることは社会生活での影響は深刻です。責任が重くなればなるほど、自分ひとりでは解決できない内容では、事前に知らせ理解を得ていることは以前から述べています。甘えと取られないよう、又直接ミスが出ない仕事内容で極力シフトを願いました。
10年目の安定剤抜きの大きな特徴は、減量をしながら行うもので、冒険的なものだと言えるかも知れません。といっても、この内容に不安が今までより少なかったのは、血圧の状態が明らかに改善していたからです。安静時の測定ではありませんでしたが、下は、95mmHg前後で(通常の人では、高い)上が135mmHgから145mmHgと10mmHg広がっている状態が安定的に固定したように思うからです。
通常血管の改善は、若返りに似た表現で言われますが、困難なことであることは十分理解していたつもりです。私の場合は今回、通常のアムロジン錠2.5とブロプレス錠8mgプラスで常用を始めていることが影響していると思います。
他に朝食時、オリーブ油少量を100%オレンジジュースで飲み始めています。著名高齢のドクターがテレビで進めていた内容です。3ヶ月過ぎたあたりで顔のしみが、体重下降と共に少なくなっています。紫外線が増えてきているのに、この変化はうれしいことです。この傾向は続いています。
さて、極端な行動の副産物か、私にとって毎朝麻痺体の痙攣動作から始動することは宿命と諦めていました。ところが、呼吸法と麻痺足への初期神経伝達方法で回避できることがわかりました。目覚めて意識した行動をしなければならないので、完全に押さえるまで訓練が必要ですが、今のところ成功しています。
目覚めて、息を吐きながら、腰を引き、膝を立てる動作に移る。ゆっくりと呼吸を整える事がポイントで、硬直した麻痺足を急激に刺激しない。チャンスの後にはピンチあり、ピンチの後にはチャンスありで、冬眠が溶けて活動が通常感覚を持てれば良いのですが、かつての脳感覚を安定剤などがぬぐえないのは残念なことです。適当な時間帯に、安定したリハビリを続けられる環境は中々、望めそうにありません。そのような環境を望める人は、社会活動に積極的に参加することで、衰えをかなり防ぐことが可能だと思うからです。第一に頭の反応が人間性も保つ条件だからです。閉じこもりは「倉庫の中のさび付いた車」であることを肝に銘ずるべきです。
ところで、久々に左片麻痺の中年の方に通勤列車で出会いました。杖をさばいて財布を出し入れする動作が、かつての私の状態を思い出します。遠くから見守るしかないのですが、エスカレーターを降りて立ち止まり、杖を裁く動作が遅いので、後続の人に突き飛ばされはしないか心配です。又、改札を抜けて立ち止まり、財布をしまう動作も同じです。自動で動くものは必ずと言っていいほど、退避場所を計算して行動しなければ危険です。病院のリハビリ訓練では、通勤電車の乗降指導は皆無に等しいと思われますので見守りを願いたいものです。本人に伝えるタイミングも、注意散漫にさせることで事故を誘発する可能性がありますので、慎重に行うことも大切なことです。
4月から会社のメンバー移動で、1から部下の指導しなければならない状況が現れました。それに加へ、引き続き休業も行なわれています。それでもようやく、仕事量(負の整理)が落ち着きを見せています。そんな折、社内で風邪が流行っているので注意を促されました。お腹にもくるようで、様子を見ています。
それと、一般には雲行きが怪しい、社会状況が続いています。ウィルスもさることながら、金融、軍事など、精神的に明るい材料はなさそうです。さて、今年は安定剤が抜けない「こわばりの支配」が続いています。10年目は、より鮮明に肉体的な運動不足を意識しています。今年の気候の乱高下が、持続する運動を寸断しているようです。予定が縮小しなければならない、自己リハビリのイライラは、なんとも言いがたいものです。
そんな中、精神的葛藤は置いておいて、遅れている安定剤の離脱を今年も始めることにしました。それには、ウエイトコントロールが精神的強度で持ちこたえることが出来るか、家庭内の協力も求めてはじめました。幸いに、空腹感が特別強い障害ではないため、夕食の時間帯とカロリーオフの食品で起動に乗せました。(約、1週間)そして、先週の後半から安定剤のデパス錠0.5mgを抜き始めました。午後から補助として、レキソタン2mg or ツムラ012柴胡加竜骨牡蠣2.5g/pも同様です。
最近の報告から読まれている方に補足しますと、こわばり、ピリピリ感のしびれ、視床痛に順ずる痛み等には、治療薬はありません。したがって、自分にあった薬を長く必要時期に使用する、頓服薬の役割で共存することです。この使用には、主治医による理解と協力なしには成り立ちません。
ちなみに、今回の行動の遅れに、担当医(3人目)が引き継ぎなしで辞めていくハプニングがありました。定期健診の時期を1月半丸々残した空白に、視床痛が起きないことを祈りながらすごしましたが、行き場の無い不安は逃れようがありません。次の担当医に意思の疎通確認し、行動に出ています。
話を戻しますが、今回の初日の通勤、勤務は(抜きはじめ2日目の後)今までに無い、厳しいこわばり、しびれ、痛みとなりました。その晩、こむらがえりを警戒しましたが、2日目はやや軽くなりました。このまま、2週間の薬抜けが出来ればと思っています。きつい内容ですが、これを乗り越えれば、感覚がよりいっそう正常な箇所を増やして現れると思うからです。実際、不透明な思考が雨上がりに見せる空間にて、落ち着く期待もあるからです。冬眠の目覚めを怠れば、会社勤めは望めなくなると思っていますので、慎重に進めたいと思っています。
1つは、高校生くらいの年齢で、体格の良い男に因縁つきの衝突をされました。駅の登りエレベーターを降り、直進していたところをかわす隙もなくぶつかってきたのです。顔を合わせ、誤るどころか大へいなけんか口調で不快のものです。
相手は自称タレントであり、「保護者マネージャーに話をつけさせるから、すぐ近くにいるのでついて来い」と、人通りの少ないところに誘導しようとしました。危険を察知しましたので、動向を断りました。やりとりの最後、「時間を取らされたから、慰謝料をよこせ」と巧妙なものでした。恐喝の言動を指摘したところで、相手は引き下がりました。
もし突き飛ばされ転んでも、被害が出てしまうことについて、障害の状態を説明していましたが、相手は過失区分に「関係ない」と言う返事で、事故での主張ではないことを認めました。その青年自身問題を理解できていません。しかし、「恐喝するのですか」と言う言葉で手を引いたことは、何度かこのような因縁トラブルを起こしているのではないかと思われました。自分が名乗った名は、インターネットでプロ野球の有名人であることがわかりました。
あくる日、交番に同じような被害が無いか、内容を伝えました。若者が、身体障害者などの弱者を狙っているのであれば情報を聞けると思ったからです。被害=入院を覚悟しなければならないので、このような内容は報告により上司の知るところになり、様子を見守ることとなりました。
もう一つは、朝の電車通勤時に起こりました。1人乗りの狭いエスカレーターで、駆け込み乗車を背後からされました。「あぶない!」と制止しましたが、女子大学生くらいの2人が続いて強行したものです。
弱者の存在が、荒れた青年層に異変を起こしていると感じました。私の片足ずつステップを降りている姿を知っていての駆け込みでしたので、身体障害者の人権を無視した身勝手な行動です。
さて、「友愛の精神」を鼻で笑っている若い世代が、ますます精神的な余裕がなくなってきたことを肌で感じます。「ゆとり教育」の反動世代と、学力優秀な人材の経済的枯渇は、弱者にとって寒気を感じさせます。
又、「シュウカツ」で勉強どころではない大学生が気になります。特に世の中の、疑心暗鬼の育成と冷酷さを体得して「子供を作らない、育てない世代」へと、ますます加速するやりきれなさを感じます。
ところで、寒暖の差が4月の後半になっても続く、異常な状態です。そんな折、勤務時間を延ばすことになりました。少人数体制の編成替えに応じ、短い時間で積み込み過ぎの状態が現れていました。暖かくなるものと、誤った判断のように思うのですが、仕方ありません。
早番が無くなり、ラッシュが過ぎた時間から出社することで、駅までの徒歩が往復になります。運動量が増え、勤務時間も増えるチャレンジです。
このほぼ、通常の勤務時間(−1時間)は、冬場を想定するとぞっとするものです。しかし、今までの環境で乗り越えられた、多くのハンディを思うとき、人体は余力を残して行動をしていることも事実です。疲労感は感覚が目覚めるほど、増大しているように思うのですが、行動範囲(スピードにより)が広がっていることを自覚すべきです。と、思いましたが異常気象は、つらい試練です。オーバーワークで風邪連休の様相です。とほほ…
冬場に起こる体調不良のため、例年は勤務時間を短縮してもらいます。しかし、今年初めて通常勤務を通しています。景気回復が進まず、休業がなされているからです。したがって、仕事が濃縮され、有給も取れないありさまだからです。
休日が増えると体は楽になると思われがちですが、片麻痺者の現実は一概に言えない状態です。厳格な生活様式が、10年目でも必要不可欠です。起きているだけで消耗していく体力、気力は、自信をなくさせてしまいます。緊張感の無い閉塞感は、早い時間で憂鬱をさそいます。寒いこの時期の血圧剤、安定剤なども拍車をかけ、冬眠に追い込む脱力感はいやなものです。
しかし、私が救われているのは、悪い雰囲気が自分の内面から現れることに警戒しているからです。マイナス思考のリフレインをやり過ごすことが今のところできています。
さて、新しい動きを授かりそうな気配がします。花粉症をかいくぐりながら目薬の量も少なくて、おさまっています。歩行時、麻痺足の土踏まずから脹脛は、異様にあばれてしまいます。その原因は軽い動きが時々、混ざっているからです。つまり、重い麻痺体に軽くなった正常部分が現れているようです。はねるように筋肉の動きが現れるので、久々に、コントロールの難しい歩行を経験しています。雨降りに、傘などさして歩くとくずれた歩行バランスから来るイライラがつのります。
そんな折、卒業シーズンも終わり、気軽に近所の散歩に出ました。ところが、途中で強風につかまり、とても怖い思いをしました。我ながら、風が雪に続いて苦手だったことを思い出させてくれます。早春の蝉になって、歩道の木につかまり心の中でミーンミーン、と泣きたくなる思いでした。
落胆している間もなく、自転車を降りて押して歩く女性に気がつきました。恐れ多い日に散歩に出たようで、自分だけではなかったのです。体力を大幅に延ばして行こうと毎年思いますが、気にする必要はなくなっているような思いです。
それと最近、よく雨に出くわします。寒さのぶり返しももう少しの辛抱と我慢していますが、困ったことが駅で起こります。それは、水はけが改札前のフロアーで停滞することです。この滑りやすくなった状態は、恐怖そのもので工事の不備を問わなくてはならない状態です。他の駅では、水溜りに近い状態にはならないので、このような経験は記憶にありません。もっとひどい状態を経験されている方がありましたら、教えてください。
本格的花粉が飛ぶ前に、ドライアイも含めて眼科に行きました。休業中を利用して、冬眠から開放される日を心待ちにしています。引き続き景気は回復せず、政治は金権問題に明け暮れています。冬季オリンピックに目が向いている間に、法案審議が行われる体勢を見せてほしいものです。
さて、先日お返しに頂いたカタログ贈答品の品物をネットで選びました。それは、会社の休憩時間に姑息にも肩をもみほぐしてくれたらと期待したものです。2〜3日して品物が届きました。思ったより片手で肩に電極パッドを張りつけることが難しいと自宅で使い始めました。
いろいろテストを繰り返しているうちに、麻痺肩が感じにくいものだということもわかりました。神経がない部分とあるところの差が、飛び跳ねる極端な状況を生み出しています。
この電気的な刺激が極端で、マイナスに作用しました。1週間後、お風呂上りに視床痛に似た痛みが、麻痺側の腹から首にかけて突如現れました。安定剤などで内臓が弱っている感じはありましたが、吐き気も感じるきつい状態のものです。急に気温が上がった日だったので、寒さによる影響はないようです。夕食を抜き500mlの水とデパス錠を服用して寝ました。
あくる日、麻痺胸の体表上の感覚が一部ナチュラルなものとして感じ始めました。以前からこの痛みのパターンは、麻痺体の進化と密接に関わるものと確信し始めています。私が幸いなのは、短時間に傷みをやり過ごせているから言えるものです。花粉の目薬も始めていますが、本格的な暖かさが吉と出るか凶とでるか、10年目にむけて可能な限り観察を続けます。脇の下、腕下の一部に痛みを誘発しそうな気配が残っていますが、見守ってください。
もう一つ、最近の驚きがあります。背中をドアに付けた体勢で「しゃがみこみ運動が楽になったことです。麻痺足の痛みが劇的に少なくなり、お尻が付きそうで、もうじき簡単に座り込みまで行きそうです。(もちろん、緊張が走ることで硬直がこなければの話ですが)
この時期に感じることは、思考能力が体の疲労感に引っ張られてなんとももどかしいものです。気合を入れてスピード感を保てれば、発想能力に完成の満足ももてるのですが、気温などが影響しシーズンを生み出してしまうのはなんとも言いがたい弱みです。
健状態の社会生活で得られる多くの満足感は、完成感を又してもあげなければなりません。個人的に何が出来るのか、発想の転換を模索して規模は小さくても進めてきました。健状態では分けも無く解決出来てしまう問題も、脳卒中者には困難なものが大半です。その中で、自分自身の客観視はあやしさが伴います。最近同世代の会話の中で、物忘れが増えたと言う言葉を耳にしますが、とても不安な気持ちになります。簡単に使っては困る言葉として、位置づけていたからです。そのおかげ対人関係を観察することに神経を費やしていると言えるかも知れません。
人の話をしっかり聞く。当たり前のようですが、意識しないと神経が訓練されない環境が脳卒中者のリハビリに不可欠であるようです。
年が明けて、すでに半月が過ぎようとしています。
昨年の暮れに、誤って薬を2回分飲んでしまうミスをしました。幸いにして、遅番の朝、時間に余裕のある日でした。徒歩出勤中に様子を確かめることができ、注意を払いながらの不安な1日でした。
原因は「考え事」で、あまり寒さも気にしない、時間の感覚も薄い寝起きのスタートだったように思います。朝食後、ようやく麻痺体のしびれが強いことに気づき、薬を飲み忘れたと思い込んだようです。再び安定剤も服用したため、ソファーに座ってしばらくして平衡感覚の異常に気づきました。初めての経験で、歩くことに不安を隠せずこの旨を家内に告げました。しばらくして落ち着いてきましたが、笑い事でない事故に戸惑いを隠せませんでした。
その日の夕方、100円ショップで毎日の薬を用意できるケースを買ってきてくれました。思考と運動能力の結びつきは、冬場の寒さが血の巡りの悪さを実証しています。当然、加齢とともに本人が気づかないものとしてあります。しかし、極端な自分の変化を意識することで、違いとして理解できました。問題はタイムラグが有り、冬場特に危険な状態におちいりやすい状況にあります。物理的環境の切り替えが出来ないことで、気分の切り替えもむずかしい状態が続いていることは、今回の事故の要因かもしれません。
ようやく、私のギヤであるコンピューターも、方向性が定まりつつあるように思うのはうれしいことです。先月の「ぼやき」が少し払拭されています。
最近メールを下さった方で、返事が届かない状態を知らせてくださいました。 早急に?(いつごろからか、定かではありませんが)対処しました。それでも、少しコンピューターが、迷っているしぐさがあります。プロバイダーのマニュアルどうりで解決できたのでしょうか。リモートコントロールで追求してもらっても、あくる日には落ち着いた線が崩れてしまいます。まだ、優秀な大手のものでも、周辺のネットワーク環境が悪いため、使いやすくする欲目でつなぐと固まります。
そうこう言う報告の間もなく、初めて麻痺体の「胴体部分」に「こわばり」が来ました。明け方に来るのは仕方が無いとしても、手、足より恐怖感が走りました。呼吸が出来なくなる事態を恐れたのです。すでにこの様な段階の痙攣を経験された方は、どのような対処をされたのか教えてください。
左の写真:石鹸液が出てくる先が離れている物で、受け取れません。