「花小金井」の由来ついて少し調べてみました。

昔はもっと多くて賑わった小金井(堤)の桜、「花小金井」の名はその良き時代の名残・・・
江戸時代玉川上水が開通し、飲用に使われるその上水路の清浄と美観を保つために、 両岸に松や杉を植えていたが、八代将軍吉宗の時、当時、町奉行で新田開発係を兼ねていた大岡越前守が、 玉川上水路両岸に桜の植栽を命ぜられ、川崎平右衛門がその実施を担当した。
今の小金井橋を中心に6キロの上水路両岸に植栽した。
桜が植えられた理由として、桜の花が上水に落ちると解毒の効き目があるとか、 花見客で両岸が踏み固められて崩れを防ぐからとか、名所になることで、新田が繁盛するからとか、 といろいろ挙げられている。
長い年月をかけて、多くの人々に守られ、大正13年に今の小平市学園西町1丁目商大橋の上流から武蔵野市関前5丁目境橋までの上水路両岸の桜「小金井桜」として国の名勝に指定された頃には1471本もあった桜も、昭和期に入り、戦争や老化や排気ガスなどの影響もあり、 昭和41年の調査でも約800本まで減ってしまった。

江戸時代から、「関東隋一の桜の名所」として知られた小金井桜は、昭和の初め頃までは、茶屋が土手に延々と続き、小金井橋付近を中心に花見客で賑わっていたという。

昭和2年に、(旧)西武鉄道の村山線(今の西武新宿線の高田馬場〜東村山)が開通し、小平と田無の間に「花小金井」駅ができた。(ここでは現在の西武鉄道に合併される前の別会社なので(旧)と表記してあります。)
小金井桜への花見客目当ての駅であった。

そして、「花小金井」という地名も、この駅名があって、つけられた、とのことである。
(「花小金井南町」も駅の南側だから、という理由から。)

参考資料 「郷土こだいら」「多摩のあゆみ」「小平市立図書館 としょかんこどもきょうどしりょう」などなど。
なお、「花小金井」の由来を調べるにあたり、Rail and Bikes柏熊さん、および小平市市立中央図書館の職員の方には大変お世話になりました。ありがとうございました。m(_ _)m
昔ほどの桜の本数の復活や、花見の賑わいは無理にしても、
せっかく残してきた桜をいつまでも大切に守っていきたいものですね。
2000/07/24記

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