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「パイパーズ掲載に当たって」・・・の巻 *私の「本」に関する記事がパイパーズに掲載されるにあたって、昔(十年以上前)同誌上で 例の「声帯論争」は編集部側で上手くまとめられていると思います。 私としては「声帯」と「管楽器吹奏」の関連を論ずるときに、当時、何故「歌唱発声」の知見、研究を度外視されたのかが分かりません。それを視野に入れて、実際にまともな声を出して、楽器を吹いて、という繰り返しを何故してみなかったんですか?と聞いてみたい気持ちで一杯です。そうすれば無用の摩擦を避けられたのでは・・・せっかく良いところに目がつけられたのに残念です。 先ず気がついたことは、当時、貴誌もM氏もM先生も「喉が開く」という言葉と「声帯が開く」という言葉を同じ意味で使っておられることです。これは実は困ります。 一般に声楽界で「喉を開く」と言った場合、《喉頭外筋が働いて喉仏が地声状態の位置よりは下がる》《声帯が地声状態より前後に延びて長い状態で閉じる》という意味です。 したがって、管楽器奏者の上手い人は「声帯が閉じている」というのは、全くそのとおりで私の知見と一致します。異議なしです。《歌うように吹く》というのは《たとえ話》ではありません。 もうひとつ、当時、貴誌では《息を吸うときに横隔膜は下がる、吐くときには上がる》という前提で話が進んでいることです。この状態を発声学では「純粋呼気」と呼びます。 この《横隔膜と喉の関連性》について、M氏は「・・・調節機能が喉以外にもあって、下腹部あたりではないか・・・」と述べられ、M先生は「どうも連動しているようですね。ゆるく吹いているときは喉頭だけで、強い息の時は腹筋も使うということでしょうかね。」と述べられています。 M先生は一方で、横隔膜神経の活動記録から《横隔膜は呼気時には動かない、コントロールできない、積極的に関与しない》と述べられていますが、矛盾しませんか?《コントロールできない!》と誰が決めたんでしょうか?喉、アンブシュアとの連動を利用して、上手く指導すれば 吸うときにいったん下がった横隔膜がすぐには上がらないで、むしろもう一度下がろうとするので「吸気的傾向、対応運動」と言うわけです。その時に起こる出来事が「下腹の腹斜筋の収縮」です。私はこのことが「無理なく下気道圧を高めること」に繋がると考えています。 N教授の「下気道圧と口腔内圧はパラレルの関係にある」「下気道圧が高まるときに声帯は閉じる」というのが分かりやすいですね。ただし、奏者はそれを無理なく、上体の力みに頼らずに行いたいわけです。上体が力んでいる生徒に限って「力みの自覚」がありませんよね。 しかしその声帯は《自律的か?》と聞かれれば、私は「声帯だけでは不可能」 ヴィヴラートの研究から出発して《管楽器吹奏時に上手い人の声帯は閉じている》という現象に出会ったのは良かったけれど、「気流はすべて声帯が調節する、横隔膜は関係ない!」というところまでエスカレートする必要はなかったのに・・・残念な気がします。 |
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「アパチュアから考える人」・・・の巻 金管楽器を吹く人にとって大変大きな影響力を持っているのが例の「金管楽器を吹く人のために」という本です。 しかし、やがて私は行き詰まってきました。わかりやすいという事と、また別の問題がそこにはあるからだと思います。それがアパチュアの問題です。少し引用します。 ところが、吹奏楽指導者、その他ネット上でもさまざまなところで、アパチュアから説明しようとする話が沢山あります。「果たしてこれで行き詰まらないのかな?」といつも思っています。ただ単に私がバカだから行き詰まっただけかもわかりません。 ただし、ファーカス氏はこうも述べています。 |
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「先駆者と何とか医者」・・・の巻 *もうずいぶん昔にイギリスで出版された本ですが、「アンブシュア」(モーリス・ポーター著 全音楽譜出版社)という本があります。著者は解剖学、生理学の分野の専門家であって、アンブシュアの研究を続けた人です。例のフィリップ・ファーカスの本もこの本の成果を取り入れています。 管楽器演奏にかかわるさまざまな部分の解説をしています。「喉頭」については実に興味深い解説をしています。私を含めてこの本の読者は当時あまりここに注目しませんでした。 少し引用してみます。 しかし、医療用の検査器具、装置といったものが今ほど発達していなかった当時の状況で、ここまではっきりと述べています。この発言はもっと注目されてしかるべきだったと思いませんか? 先日会ったあるフルート奏者は鼻からファイバースコープを入れて調べたそうです。 一方、ティボーさんやフリードリッヒさんは、喉頭における「頭声」の状態が持つ意味をいち早く提唱して、指導や演奏に生かしています。決して「禅問答」の世界でも「何とか医者」の世界でもありません。 私は「頭声」だけでなく《全部の音域を「ベルカントモード」で!》と言っているだけです。 |
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二つの面白い話を聞いたことがあります。 声楽科出身の音楽の先生が生徒の中にとても声の良い子を見つけました。 とても上手なソプラノの学生さんがいました。友達がその人に聞きました。 何気なく聞いただけでは矛盾する二つの話ですが、二人の言葉はでたらめではありません。 歌の先生があのような言い方をしたのはよくわかります。「地声」の喉の状態で長期間管楽器を吹き続ければ、 最初の「こぼれ話」で扱った、いわゆる「上手なトランペット吹きの喉」がベルカントモードの喉なのです。 それは医学的には「正常」なんでしょうね。しかし音楽的にはどうでしょうか? 「どんな呼吸法であるか」という事は「どんな喉になって欲しいか」という問題でもあります。 しかし吹奏楽コンクールなどを聞きに行くと、地声モードで怒鳴りあげても平気なバンドはいくらでもあります。 「区別しないでも平気なのかなあ」「やがてつぶれて吹けなくなってしまうのに・・・」と思ってしまいます。 長期間にわたって「地声モード」では吹けません。特にラッパはつぶれるので切実です。 |
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「本」の最初に次のように書きました。 |