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「さまざまな生徒、さまざまな言葉」 粘膜奏法は地声(話し声)状態の喉とセットになっていますが、この問題も理解するためには大変な生徒はいます。音を聞けばすぐ分かる事なのですが、やはり生徒によってさまざまな言葉が必要になります。「すぐバテる」「高い音が苦しい」「低い音域を吹くとマウスピースが下にずれる」その他、生徒の訴えもさまざまです。自分がとりあえず音を出しているだけという自覚がない生徒、唇で音を作る生徒はなかなか修正できません。「喉が開いていなければ唇は開く」「開いたアンブシュアは喉が上がって、やがて詰まったり、ヒリヒリしたりする」つまり、「開いた喉と閉じた唇」「閉じた喉と開いた唇」がセットになっているという説明と共に楽にリップスラーが出来る事を経験させます。 「音の当たり」という言葉も「感覚としての疑似閉鎖管」とか音響学で言う「管の固有振動」現象の事なのですが、そんな言葉より「ツボに当たる」という言葉のほうが感覚的でわかりやすいのです。しかし、これも唇でPu-といっているのか息の流れがツボに当たってトンといっているのか耳と感覚で区別がつかなければなかなかわかりません。そこで冒頭の「子音は前、母音は後ろ」という話になるわけです。アルファベットで「TA」と書けば母音と子音がはっきり分かるのですが、日本語では「た」なので先ずそこから話さないと分からない生徒もいます。(笑)全く言葉を使わないでレッスンは出来ません。と同時に生徒によって理解できる言葉を見つけるのも大変な作業です。練習マニュアルを決めてふるいに掛け、掬い取った生徒だけを教えていくというシステムをとっている人もいるようですが・・・私にはそれがレッスンとは思えないので悩みは多くなります。 |
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「違う楽器なのに何故合うの?」 オーケストラにはヴァイオリンから笛、ラッパ、ティンパニまで様々な楽器があります。それらがアインザッツを合わせ、リズムを揃え、ユニゾン、ハーモニーを合わせます。振動音を発生するものは弦、リード、唇、皮などそれぞれに違っています。ガクタイ屋はどういう感覚で合わせているのでしょうか?以前にも書いたことですが、それは「響き」で合わせているのです。 いずれにせよ「響き」を聞く耳でアンサンブルをしなければ困ってしまいます。しかし、「響き」という事を誤解している人達、「響き」のない音を出している人達はチューナーを異常に頼ります。時々参考にするというような普通のレベルではありません。「目で音を合わせているの?」と言いたくなる程です。 |
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「リップスラーは特殊な練習?」 金管楽器を吹く人は毎日何らかの形でリップスラーの練習をしていると思います。そして、そのやり方については「シラブルの変化を利用して・・・」という説明を受けていると思います。以前何度か書いたことですが、マジオ教本では「シラブルは変化するがスロートポジションはAhの位置であり変化しない」という説明がなされています。私は「このAhは歌唱発声のAhであって、地声(話し声)のAhではない」と書きました。そうでないとマジオ教本の説明は何のことだか理解できません。それが上手くいく人はコロコロとリップスラーがきれいに楽に転がっていきます。息の流れの微妙な変化を利用できているわけです。息の流れが仕事をしているわけです。 ところが生徒の中には「シラブルの変化を利用する」という言葉は知っていてもスロートポジションについては無頓着な人もいます。また、リップスラーは上手くいっているのに音階的なスラーは詰まりぎみで楽にいかない人もいます。さらには、せっかくリップスラーの時に良いスロートポジションだったのにタンギングする時には地声のスロートポジションになってしまう人もいます。それぞれの練習をバラバラのコンセプトでやっているわけです。「リップスラーがコロコロと楽に上手くいく状態でタンギングも音階も練習すればどう?」と言ってみると上手くいく生徒がかなり出てきます。確かにリップスラーの練習は初心者にとっては面倒くさいのでしょう。それ故に「特殊な練習」という意識があるかもしれません。どんな練習をするにせよ「歌うスロートポジション」つまり「歌うように吹く」ということを忘れないでやればいいのですが、「唇に仕事をさせる」という思いが頭の隅にこびりついているのでなかなか上手くいかないわけです。 「歌う」ということは「怒鳴る」事と違って「息の流れが力の抜けた喉、声帯を通過して響く」という事です。同様に「歌うように吹く」という事は唇、リードに仕事をさせようとする事ではなく、「息の流れが仕事をする」事なのです。つまり、唇やリードは「息の流れによって仕事をさせられている」のです。これが分かればその為のアンブシュアも「支え」という事も身体と耳でわかってきます。しかし、「リップスラーは特殊な練習」という思いがある間はなかなか理解できないようです。吹奏楽の顧問の先生は音楽の先生である場合がほとんだと思いますが、「歌う」という事をどのように理解されているのでしょうか?「歌う」という事は心の問題だけではないのです。 皆さんはどのようにお考えですか? |
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「息・耳・心・最終兵器」 私は生徒に対するレッスンを「息の流れが仕事をする」という考え方を基本に展開してきました。これは「リード(唇)が仕事をする」という考え方の反対の概念として言われている言葉です。どちらの考え方を基本にするのかという事は、例えば巨大な迷路の最初の重大な分かれ道とも言えます。あるいは生物進化の系統樹にある最初の大きな枝分かれのポイントとも言えます。迷路の最初の分かれ道を誤れば永久に迷い道を抜け出す事はありません。途中にはそれなりにポカポカと暖かい所もあるかもしれません、小さな花も咲いているかもしれません。しかし迷い道である事には違いがありません。いつまで経っても歯並びや唇の厚さが気になったり、いずれ行き詰まってしまいます。 この基本を全く別の話に例える事もできます。 「息の流れで絵を描く」という考え方に立った時に「歌うように吹く」という第一の戦術(感覚)に気がつきます。「息の量は?スピードは?」という考えが生まれる人たちはラッパを吹く事を《音楽》としてではなく《スポーツの一種》として感じているかもしれません。 ソロ曲やオケ、ブラスその他の合奏曲、つまり個々の戦闘場面で役に立たない基本訓練などあり得ません。いくら個々の場面で根性を発揮して勇猛果敢に闘っても戦術群の誤りを補う事はできないでしょう。そして、それは「戦略」の誤りに帰すべきものなのです。 |
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「忘れがちなこと」
そもそも舌先は流れ出ようとする空気をせき止めている突っかい棒のようなものですから、突っかい棒をはずされた空気は唇の狭い隙間から勢いよく流れていきます。これが基本的なコンセプトです。スタッカートの時舌先は離れた後すぐに元の位置に戻るわけです。この事が当たり前に行われていない生徒も見かけます。 |
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「楽に吹く」 しかし、多くの生徒を観ていると「楽に吹いている」生徒の方がはるかに少ないのです。何故そうなってしまうのでしょう?それは「歌うように」吹かなくてもとりあえず音は出てしまうからです。 歌う喉のポジションについてはおもしろい話があります。 |
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「ニュースを聞いて・・・」 「発掘 あるある大事典」というテレビ番組が捏造で大問題になり廃止になりました。 「呼吸法とは沢山吸う事なり」ではありません。 |
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「息の流れが仕事をする」 「息の流れが仕事をする」と言うとすぐに息の量だとかスピードだとかの話になりますが、 バズィング音なしでも音が出ることからわかるように、必ずしも唇から振動音を発していなくても 以前にも書きましたが、管楽器の初心者は譜面をフレーズの集合体として見ないで 皆さんはどのように御考えですか? |
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「閉じてはいるけれど硬くはない」 アンブシュアについての基本的なお話です。 唇の隙間を空気が通り抜けていくわけですから唇は閉じるわけですが、 以前「ベルヌーイ効果による自励的振動」という話をした時に書きました。音声障害の患者には |
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「呼吸法以前に・初歩の初歩」 「何故呼吸法などというものが問題になるのか?美しい声で歌えるようになればよい。 フレーズは一本の息の流れである。一本の息の流れに乗せて音が流れ、様々な表情をみせていく。 そして・・・ |
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「「ある学生との対話」 先日やって来たある金管楽器の学生とのやりとりです。 この学生は以前にもやって来て少しだけレッスンをした事があります。 この学生と話し合いながらレッスンをして気がつく事は、中学生の吹奏楽部時代から そこで、誰でも気にしている〈アンブシュア〉の話から始めました。 「正しいアンブシュアの形はこうですよ」と言われても肝心の そこで彼が現在やっているエチュードとか曲に即してレッスンをしていきました。 |
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「正月休み明け」 先日、休み明けにやって来た学生の状態にびっくりしました。 「息は音符ごとに流れるのではなく、フレーズに対して流れているんだよ」 最近は「ゆとり教育」に対する揺り戻しが起きているようですが、そもそも頭の中や机の上で |
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「もう一度・・・喉・舌とアンブシュア、呼吸筋」 「喉を楽にして吹きなさい」「上半身に力を入れてはいけません」「息の支えが大事です」 「息の支え」とはどういう現象なのかよくわからないで使っている事が多いのが実情です。 それでは「息の支え」という現象が起こる時はどういう時でしょうか? 一方で「歌うように吹く」ことがアンブシュアにも大きな影響を与えています。 |
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「凡人の王道 聴く・歌う・考える・実験する」 「地声」というのは普通の「話し声」のことです。「話し声」は「歌声」に比べたら平坦です。 管楽器と歯の関係に関して書かれた有名な本も「地声モード」を前提として書かれています。 先日、ある高校生はしばらくファルセットで発声練習をしてからリップスラーに移りました。 |
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「ボーイズ ビー あんぶしゃー??」 もう随分昔の話です。G大ラッパ会の定例飲み会で、ある大先輩の名文句です。 私のアンダーラインだらけの「ファーカス本」をあらためて読んでみました。 それにくらべると「ボーイズ ビー あんぶしゃー」は名文句だったと思います。 |
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「すきま産業?」 かつて「ファーカスの呪縛」とか「アパチュアから考える人」等の「こぼれ話」で書いた事ですが、 ちなみにこのオーボエ奏者の師匠はシカゴの名手スティルさんです。因縁話のようですね(笑) マジオ氏にしてみれば単にシラブルという言葉だけでは説明しきれないというのが実感だったので 声帯のすきまの変化で声の高低を説明する人がいるでしょうか?そんな発声の先生はいません。 |
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「過剰な自尊心、思考停止と共同幻想」 以前「会議室」へ歯に関する投稿があり、最近もメールで様々ご質問やご意見を頂きました。 そこで、ネットその他の情報も私なりに聞いて回りました。すると・・・ 世の中には歯を削ったり歯列矯正をすれば上手くなるはずだと「過剰」な期待を持つ人や 過大な幻想を抱く人々の多くは「正しいアンブシュアとフクシキ呼吸で吹けば上手くいく」 《もっともらしい論議》に従えば、アンブシュアのあり方を決める為には、先ず目に見える 「息の流れのあり方がアンブシュアのあり方に《逆に》大きな影響を与えている」という事実と それではひるがえって、幻想を振りまいているのは実際に治療をする歯医者さんなのでしょうか? 「会議室」に投稿されたある歯列矯正経験者の言葉です。 先ず、唇や声帯、リードは「微妙な開閉運動をしながら振動音を発生している」という認識が 私の経験では、見た目大変きれいな歯並びの生徒がなかなか上手くならなかったり、 「力関係を改善するためにいきなり核保有宣言をする」という拉致王朝の発想を思い出します。 《楽に吹きたい→楽に響く→上手くなる》という奏法の問題は感情論でも禅問答でもないし、 皆さんはどのようにお考えですか? |
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「音のはじまりは響き?振動音?」 先日、某G大の指揮科の試験シリーズ終了後一、二年の学生達と話しました。 我々は気流が狭い隙間を通過する際の開閉運動(ベルヌーイ現象)による疎密波(音)の発生を |
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「響き・振動」 ちょっと学校で学生に話す時のように、率直に、経験的に、感覚的に書いてみます。 我々音を出す人間は耳と身体で音を使って音楽をしていますが、「音」というものを このサイトの常連の方々はすでにお分かりのように、私の場合は「音」を響き成分と だからこそ基本的なことが重要ですよね。 私の場合、以前にも書きましたが・・・ 面白い事にこういう聴き方をすると歌の人だけでなく、弦の人とも話が通ずる事を発見します。 俗論信者の声を実際に聞くと、単に鼻にかかった細い声や怒鳴り声だったりする事があります。 皆さんはどうお考えですか? |
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「歌うように吹くと・・・」 先日、レッスン室に顔見知りのサックスの学生がやって来て「調子が悪いので見てほしい」 一見したところ、喉が頭声状態になっていないのでアンブシュアが楽になっていません。 そこで、こんな質問の仕方をしてみました。 気流の関所である喉がアンブシュアに与える影響は、高い音域ではすぐに分かってくれる人は 高音域のアンブシュアは《回す》というイメージによって 皆さんはどうお考えですか? |
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「様々な人々」・・・の巻 このところ講習会その他のかたちで、中学生から大人まで様々な人に会う機会がありました。 たとえば中高生の場合先輩や顧問の先生の説明するストーリーのなかで考えている場合が 低音域での開かないアンブシュアというテーマの時も「息の流れ」「歌うように吹く」という |
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「いきなりファルセット」・・・の巻 あなたが長い間開いたアンブシュア(粘膜奏法)のままで苦労してこられた 『いきなりハイB♭』はあなたが言われているように、その下のFでもいいわけです。 私は楽隊屋ですが、いっぽうで学生や生徒を教える立場でもあります。 「気流が仕事をする」という状態は五線の中のFでも教えられます。それが私の立場です。 以上のごとく、私があなたの言われる事を否定するものではない事はお分かりだと思います。 |
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「聴く、そして歌う」・・・の巻 呼吸法というものを考えるときにすぐ目に付くのがヨガや気功ですが、これらはもちろん 《管楽器から音が出ている時の息の流れ》に関することが我々にとっての 多くの先達が教えているように「先ず聴け、そして歌え」だと思います。 呼吸法というのは息の流れに関する情報ですが、我々にとっては「音」と共にあるわけです。 |
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「息の流れが仕事をするの?」・・・の巻 この前の「こぼれ話」の続きになってしまいますが・・・ この前の「こぼれ話」にも書いたように、金管楽器ではバズィング音なしでも音は出ます。 「音源はリードの振動である」すなわち「リードが仕事をする」という固定観念に縛られている人は リードの振動成分が重要な役割を果たしている事がわかるのは「胸声区」すなわち「低音域」です。 「ベルカント」という言葉の意味については「本」や以前の「こぼれ話」に書いたとおりです。 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「音ってなに?」・・・の巻 時々私のところへやってくる高校生の話です。 吹奏楽では《その種の根性》を育てることを目的にしているようです。 「管楽器の音や人の声は振動音が増幅されたものである」というふうに単純に考えている指導者は 粘膜振動に頼る吹き方は母音の位置が前に出ます。地声(話し声)モードの喉のバランスです。 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「ベル・カントってなに?」・・・の巻 私は管楽器を演奏するのに都合の良い身体のバランスを「ベルカントモード」、その反対語として いっぽうで「ベル・カント」という言葉も誤解されやすい側面を持っているようです。 「力強さ」を誤解した歌手は「力ずくで」声を出します。 ロドルフォ・チェレッティ著「ベルカント唱法」という本の「日本版への序文」(1994年) 戦後、ヴェリズモ以前の発声の復活とか本来のベルカントの技術の見直しとか 先日、サントリーホールでグルベローヴァさんがドニゼッティの歌で名人芸を聴かせてくれました。 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「歌うの? 吹くの?」・・・の巻 先日、ある講習会を終えて先生から質問が出ました。 今までの管楽器教育では《二つの間に違いがある》という前提で教えてこなかったわけです。 例えばある生徒は、ハミングがただの鼻歌でした。ところが指導していくうちに ただの裏声ではなく「支えのあるファルセット」、 「吹く息」はほとんどの場合、簡単に「吹き込む息」になります。 アマチュア吹奏楽などでは「センパイ」が教えるそうですが、「センパイ」より前に 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「読者からのメール」・・・の巻 こんにちは。私はN音楽大学Trb1年のHという者です。 高校生時代私は、ベルカントモードも強制深呼吸という言葉も知りませんでした。 あと、お医者さん達が強制深呼吸と肺気胸の関連についてあまり理解していないことにも驚きます。 |
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「またまた強制深呼吸について」・・・の巻 少し前の「会議室」に書き込みがありました。 http://www.naika.or.jp/fellow/kaishi/11/111/syourei/syourei2.html 私が直接、間接に話を聞いた気胸とか縦隔気腫、つまり肺胞が破れってしまった 何度もこの問題については書きましたが、やはりまだまだ多いのだなと実感しました。 そんなことしなくても「楽器は勝手に鳴ってくれるのに・・・」と言うのですが、 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「ファーカスの呪縛」・・・の巻 以前の「こぼれ話」でも書いたことがありますが、フィリップ・ファーカス流の 曰く、「上行のパッセージでdiminuendoする場合は、上昇を通じて唇の徹底的な緊張が必要である」反対に「下行のパッセージでcrescendoする場合は下行を通じて唇のアパチュアを徹底的に広げる これらをまとめて言うべき言葉が見つからないので「ファーカスの呪縛」と名付けました。 ファーカスが著名なホルン奏者であったためか、「ファーカスの呪縛」にとらわれているのは 皆さんはどうお考えですか? |
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「歌う心、歌う身体」・・・の巻 恋の歌、別れの歌。希望の歌、恨み歌。星の彼方から水平線の向こうまで。妖精から道化師。 演奏者にとっての問題はそこからはじまります。 演奏者にとって身体のバランスはイメージの方向に引っ張られます。 最も分かりやすい例で言えば「大きな声」と「怒鳴り声」の違いが峻別できなければ 私は心と身体を分けて考えることは出来ません。 この夏も沢山の生徒、その他吹奏楽をやっている人達に出会いましたが、 「とにかく上手くなりたい」「とにかく高い音を出したい」「とにかく大きな音を出したい」 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「実践的《響き》論」・・・の巻 クラシックの場合、音楽は「響き」を利用して成り立っていると言ってもよいと思います。 音についてしゃべる時、響きという言葉は先ず二種類の使われ方をする場合が多いようです。 もうひとつは、ヴァイオリンの先生が「見かけの音の甘さにごまかされるな」とか 二つを区別しないでごっちゃにして単に「音」として聞いていると困ることが色々あります。 次に分かりやすい例は、分厚いTuttiと共にソロがある場合です。 「鳴り響く」という言葉がありますが、「鳴り」を強調するということは 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「ブレーキとアクセル・母音の位置」・・・の巻 ラッパを吹いている人にとって「唇の余分な力、固さ」というのが 「呼吸法」を練習して「息のスピードを上げよう」というふうな発想をする生徒は 「ベルカントモード」、「母音の位置は後ろ」、「支えられた息」等々の言葉は 私からすれば「ブレーキを踏んだまま前進する」事の方がよっぽど不合理だと思います。 「歌うように吹く」事が上手くいった時、息の流れを邪魔している余分な力が取れます。 ここに歯科医の先生によって書かれた本があります。 《固有口腔を狭いA室(前方)と広いB室(後方)に分け、日本人はA室のみで 先生のお話は、話し言葉の母音の位置で管楽器を吹くことを前提としています。 それでは、ヨーロッパで活躍した私の知人の歌手達はいったい そうでなければ単に息のスピードを求めてメディアン・スペース(前歯の人工的なすき間) マジオ教本では「スロートポジションとシラブルの関係」で説明しています。 |
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「お医者さんと歌手」・・・の巻 歌手が声帯のコンディションに気を遣うのは、ラッパ吹きが唇や歯に対して ある歌手志望の女性が喉の悩みをお医者さんのところへ相談に行きました。 対照的にこんなお医者さんもおられます。 歌手にとっては、お医者さんがどの様な「耳」と「発声理論」を持って自分の声帯を あるお医者さんがこの様におっしゃっています。 もしお医者さんがA先生のようなタイプだけだったら困りますが、 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「空気を吸い込む人」・・・の巻 ただ単に息を《吸う》のか、空気を《吸い込む》のかというお話です。 例えば、「空気を出来るだけ沢山吸おう!」という考えです。 「力ずく」にもいろいろあります。 |
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「母音と子音・番外編」・・・の巻 歌唱発声における有益な助言として「子音は前、母音は後ろ」という言葉があって、 管楽器の場合、子音は舌先ですから共通しています。 弦楽器は管楽器と違って子音の位置が動きます。 一般に弦のソリストでは駒の近くからの範囲が狭いようです。(母音との距離がより遠い) 母音に近づけば左指の押さえがアバウトでもとりあえず指が回ります。 若い頃仕事をしていた某オーケストラのコンサートマスターは 「母音と子音」の関係は実に興味深いと思います。 |
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「アンブシュアの後ろ側ってなに?」・・・の巻 アンブシュアの後ろ側には実にさまざまな要素があります。たとえば歯ですよね。 木管楽器のアンブシュアは吹いているときにも全部見えます。 私の場合はそれらのなかで、本当に見えない「息の流れ」という「事柄」に注目しました。 たとえばファーカスのアパチュア論は分かりやすいけどキケンですよね。(既述) ひとつの例で言えば、 ところが、これを耳と共に読まない人達もおられるわけです。 「本」や過去の「こぼれ話」をお読みになった方はその後ろ側をよくご存じだと思います。 「粘膜奏法」というのはさらに簡略化され、幾分かの揶揄を含んでいますね。 思考停止は便利ですが困りものでもあるわけです。 このHPもそろそろ身の振り方を考えるときかもしれません。 |
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「仮説から自説へ」・・・の巻 世の中には「名人・天才」と呼ばれる人達がいます。 仮説を検証していく過程はもちろん大変重要ですが、重要なのは仮説を立てる段階です。 1,「これまでの管楽器教育の中で言われてきた有益な助言、解説書」 (1)に関してはそんなに世の中に溢れているわけではないにしても(2)に関するものは (1)に関しても大事なのは既知の事柄に対する理解だと思います。 検証を経た自説と自説は一見真っ向から対立するように思えても、 私の場合は「こぼれ話」にも何度か書きましたが、バカで尚かつトロいのでそのあたりがあまりまだよく分かりません。 皆さんはどの様にお考えですか? |
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「ガレスピーのほっぺた」・・・の巻 ほっぺたの深いところに筋肉があって頬筋(きょうきん)と呼ばれています。 そうです、ご存じガレスピーに代表される頬を膨らませて吹く名奏者の存在です。 これは呼吸法の立場からは簡単に説明がつきます。 しかし、医学書を見ると頬筋について「液体や空気を吹き出す、泡を吹く、吐き出す、口笛を吹く、トランペット吹きの筋」というような説明も二、三あるので、生意気にも、 しかし、医学書に「トランペット吹きの筋」と書かれているからにはそれなりの根拠があるはずです。そこで実験です。幸いに風船は大小7個百円で売っていました。(笑) 童心に返って風船を吹いてみました。 そこで、実際に粘膜依存型地声アンブシュアでラッパを吹いて、ツボをはずしていきんでみたら、 《治療に役立つ医学書》の立場としてはもちろんそれでいいでしょうね。 「支えられた息」「喉・舌のリラックス」「声門は開かない、すき間と言ってよい」 |