| 昔からフェラーリと言えば12気筒エンジンと決まっていました。ですからモデル名は1気筒当たりの容量で呼ばれ、例えば1気筒250ccの250GTO、365ccの365GTBのように。そしてあの跳ね馬マークとボディデザイナーのピニンファリーナのバッジがつきものです。ところがDINOにはピニンファリーナのバッジこそ有れ、跳ね馬マークは付かず、しかもFerrariのロゴも入りませんでした。さらに今までのネーミング慣例を捨て、DINO206や246のように、頭二桁が総排気量の頭2文字、最後の1桁が気筒数を示すようになりました。(246は2,400cc 6筒数を意味します) |
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 Dino 246 F1
 DINO 206SP
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このFerrariでないFerrari DINO誕生の背景には「語るも涙の話」があります。
アルファロメオのレーシングドライバーであったエンツォ・フェラーリは息子が誕生すると危険なレースをやめ、レーシング・カー製造に専念しました。息子アルフレディーノは大学を卒業すると当然のように父の後を継ぐため父の会社で働き、新しいエンジンの構想を練っていました。
ところが神の悪戯か、アルフレディーノは白血病で余りにも短い人生を余儀なくされました。1956年永眠。
アルフレディーノの部屋は今でもフェラーリの工場内に当時のまま大事に保存されているそうです。
その後、アルフレディーノが残したエンジンの構想を具体化し、そのエンジンの名前を「DINO」と名付けました。このエンジンはDOHC V6で、1957年にFormula Car DINO246F1でデビュー翌年ワールドチャンピオンを獲得しました、さらにGTプロットタイプでピニンファリーナの美しいボディを纏った206SP等のレースカーに搭載され輝かしい実績を残しました。
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To be continued !
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