デタラメなフッ素洗口の安全性の科学的根拠
 
−わが国のフツ素推進論者が,ヒトのフツ素急性中毒量を「体重kgあたり2mg」とする説の根拠をなすバルドウイン論文の翻訳−
(初出雑誌「フッ素研究」No.10 1989, のち一部改訂)

村上 徹

まえおき
 わが国のフツ素推進論者,就中,掘井欣一新潟大学教授(当時・以下,掘井),境脩教授(福岡歯大・以下,境))らが,ヒトに軽度な急性中毒を惹起するフツ素量を「体重kgあたり2mgである」(以下2mg説)としていることについては今さら説明の必要はないであろう.

 この説は,フツ素洗口の安全性を宣伝するあらゆる文書に記載されているばかりではなく,掘井や境の説に盲従する新潟県保健当局の公式見解[1]としても採用されており、これ以下のフッ素量では中毒など絶対に起こらないとされているのは周知のとおりである.このため,新潟県西山町で起こった小学生のフッ素洗口による不快症状(頭痛,嘔吐)発現事件(1986年11月)や,新潟大予防歯科学学生実習におけるフツ素溶液飲用実験(1987年7月)における被害者の不快症状(流喪,嘔吐,下痢)などの,いずれもフツ素急性中毒と見るべき徽候が,フツ素中毒によるものに非ずとして取り扱われ,これらの結果人権救済の申立てまでが行われ,これを受けた新潟県弁護士会および同人権擁護委員会は,堀井が主任である新潟大学歯学部予防歯科学教室に対して異例ともいえる「要望書」を交付して改善を求めた[6]

 堀井らは,かねてより自己のフツ素推進運動を「科学的研究」と唱え,フツ素枇判者を「非科学的」かつ「レベルの低い者」と規定しているようであるが,これはフツ素推進論者に共通した手前勝手な独断にすぎず,科学哲学の基準に照らしても,何一つ根拠がないことを私は明らかにしてきた[2].彼らに科学思想史の素養が多少ともあれば,こんな愚かな独断は,学者として口にすることさえ恥じるであろう.

 その証拠の一つとして,私は以下に,堀井が「2mg説」の根拠とするバルドウイン論文[5]の全訳を示す.彼が,この論文を「2mg説」の根拠としていることは次の一文[3]によって明らかである.

−Baldwinは自らフツ化ナトリウムを服用し,30mg服用では自覚症状がなく,90mgでは唾液分泌わずかに増強,250mgで2分後に悪心が現われ,20分後にはこの症状が最高になり,唾液分泌が著明に増加したという.その後,これらの症状は軽快したが,悪心は翌日もわずかに残ったと報告している.このことからフツ素の急性中毒量は2mg/kgと推定される.

 呆れたことに,堀井はこの1文の出典を,『弗化物とその応用』(飯塚喜一ら,医歯薬出版,1973)という別な文献から孫引きしているのである.おそらく,自分では原文を直接読んではいなかったのであろう.フツ素推進論者が,いかめしい顔つきで市民らをおどす「科学」とは,まず,こんな程度のものであるということを十分承知しておく必要がある.

 このバルドウインの原文は何分一世紀以上も前のもので,医大や歯大の図書館では入手できない.そこで私は国会図書館まで行き原著のコピーを入手したのであるが,一読ア然とせざるをえなかった記憶がなお鮮明である.この論文のどこを押しても,2mgの根拠など見当たらないからである.

 ここで2mg説のデタラメぶりを少し具体的に指摘する.上記の堀井の1文に即しても,ここには被検者の体重が明記されていない.平均体重を用いるという手もないではないが,この実験が行われたのは,少なくとも前世紀1899年以前であって,その頃のアメリカ人の平均体重がどれほどのものであったのかは,そんなに簡単に知ることはできない.ヒトの体重は,同年齢,同人種であっても,およそ2倍くらいの差はあるもので,医学部で公衆衛生学を専攻した堀井が,このような知識を所有していないとは考えられない.

 私の翻訳のうち,太字で括った部分が掘井の引用した一節に対応しているのであるが,それを見れば分かるように,バルドウインは,まず「少量」を嘗めてみて,流と嘔吐が発現するのを確かめている.ここの原文は以下のようである.

−Merely tasting small quantities produced a slight feeling of nausea with salivation.
次に0.03グラムとパンを一緒に呑み下し,その次に0.09グラムを服用している.従って,文脈からいえば,この「少量」とは0.03グラムより少ないと考えるのが当然であるが,この量の値は確定できない.ここで中毒症状である流延と嘔吐とが発現しているのであるから,バルドウインに対するフツ化ナトリゥムの中毒量は,0.03グラムか,それより少ない量と考えなければならない.0.09グラムで症状が出なかったのは,パンと一緒に呑んだからだとするのが妥当である.すなわち,胃が空かどうかという条件の違いがこの場合の中毒量を左右しているのである.しかし堀井はここら辺の考察を一切抜きにしているのである.

 もともと,堀井という「科学者」は,フツ化ナトリウムを妊娠マウスに投与して奇形発生を確かめておきながら,これを平気で人間に投与するような神経の持ち主であって,他書からの孫引きで恣意的な結論を導くくらい少しも良心の呵責も感じないのにちがいない.

 予防歯科学者として歯科医師の世界で高名なアメリカのジョン・W・クヌトソン(カリフオルニア大学教授・当時)は,1970年にアメリカの歯科医師たちに向かって,一般大衆とフッ素問題を議論する際には,「君達は宣伝に従事しているのであり,決して教育などに従事しているのではないことを心得よ」と恫喝したという[4].フツ素応用運動が日米とも,一見,科学に擬態した一種の偏狭なイデオロギー運動にすぎないことを見抜くのは,そんなに難しいことではないであろう.堀井の人脈で固められた新潟県の保健行政関係の官僚諸君が,はやくこの擬似科学の虚妄性に気付いてくれることを願わずにはいられない.

 なお,この「2mg説」とバルドウイン論文に開する若干の考察は,拙論『神話の崩壊するとき』[2]にも些か詳しく述べておいた.また,私のこの評論が出版されたあと、この問題に興味を持った歯科医師の秋庭賢司先生が内外の関係論文を詳しく検討してフッ素の最小中毒量を考察して英文で発表しているが[7],それによっても,私がかつて示唆したように、その数値は2mgより1ケタ小さいことが明らかである。フッ素の危険性は堀井や境がいうより,ほぼ10倍高いのである.大学の先生だからといって当今では簡単には信用できない.自分や家族の身を守るためには市民が賢くならなければならない。


文献

1)新潟県環境保健部公衆衛生課長・新潟県教育委員会保健体育課長:新潟大学歯学部の学生実習と人権救済申立に関する報道の解説について(通知),(市町村息市町棺教育委員会教育長,小・中学校長,教育事務所長,新潟県歯科医師会長,郡市歯科医師会長あて事務連絡,昭和63年2月27日付)

2)村上徹:神話の崩壊するとき・歯界展望73(1):167〜182・73(2):429〜434・73(3):677〜689・73(4)・893〜911,1989

3)堀井欣一・フツ化物の安全性について・う蝕抑制のためのフツ化物応用に関する見解(資料3)・日本歯科医師会:38〜51・1977

4)Bette Hileman:Fluoridation of Water. Chemical&Egineering News(printed by the American Chemical Society)・29・Augst l,1988.

5)Baldwin,H.B.:The toxic action of sodium fluoride. J.Amer.Che.Soci.21:517〜521,1899

6) 新潟県弁護士会:要望書(新弁第210号)・フッ素研究第11号,48-52頁,1990

7)Kenji Akiniwa: Re-Examination of Acute Toxicity of Fluoride.FLUORIDE, Vol.30.89-104.1997
 

 フツ化ナトリウムの毒作用(1899年)
                     HERBERT B.BALDWIN
                      翻訳 ・ 村上 徹

 この論文の標題は,最近のフツ化ナトリウムによる中毒事故に示唆を受けてつけたものである.今日この物質は,殺虫剤として缶入りにされ,ベーキングパウダーとまぎらわしい包装で広く売られている.これが普及するにつれ偶発的な中毒事故が起こってきているのはこのためであろう.
 このような事故は将来においても予想されるところであるが,毒物としてのこの塩の,重篤な,致命的な作用に関する文献が全く見当たらないので,著者は蒐集しうるかぎりの情報とともに,これらの事例の簡略な経過をここに報告するものである.

 朝食に供されたパンケーキを6,7人の者が同時に食べた.大変つつましかった者もいたが,ある婦人は1個だけを食べ,ある男は3ないし4個も食べた.食べたもの全員が,5〜15分以内に嘔吐を催した.下痢を起こした者もいたが,全員ではなかった.そのうち最低1例の者は,手足の痛みを訴えるとともに,その下痢と間欠的な嘔吐とが1日以上も続いた.
 3〜4個食べた男の場合嘔吐は早期に現れたがすぐに回復し,バーテンダーとしての仕事を正午すぎまでつとめ,許されて部屋にひきあげた.彼はその夕刻,医者の手当てを受けることなく死亡した.この事例においては,これ以上の症状は何も確かめられていない.
 この事故が起こった当座は,これは犯罪による中毒事件ではあるまいかと推定され,ケーキに混ぜたミルクに疑いがかけられた.そこで著者により,ミルクと死者の内臓の一部が分析されたが,普通用いられるミネラルの毒物は検出されなかった.しかし,少量(0.007gram)の,普通の白い砂のような物質が分離され保存された.
 当局がさらに捜査した結果,ベーキングパウダーの箱の脇に,ゴキブリ退治の薬の箱が置いてあったことがわかり,分析の結果,この薬の中に混入している少量の不純物が死者の胃の中から採取された砂のような物質と一致することが,顕微鏡下で確認された.
 これが手掛かりとなり,6週間研究室に保存されていた胃の組織の一部から(その胃の内容物はすでに失われていたが)わずかの粘膜を剥脱し,同定するに足るだけの毒物を検出した.
 その粘膜を少量の水に浸してふやけさせ,その水を濾過した.濾過したものに塩化カルシウムを混ぜて沈殿させ,極く少量の(多分2ないし3ミリグラム)フツ化カルシウムの沈殿物を得た.これを乾燥させて数滴の硫酸を加えたものは,ガラスに対して強い腐食作用を示した・沈殿させるに先だって,この塩化物は,炎で色を調べられ(flame coloration),分光器にかけられた.
 この事例の場合,致死量がどのくらいであったのか正確に知る手段はなかったが,胃の中の砂の量とゴキブリ退治の薬に含まれている砂とを比較して推定すれば,最低10グラムであったにちがいないと思われる.
 胃はほとんど空にちかく,少量の灰色のネバネバした粘液が粘膜にまとわりつき,その粘膜はいくらか灸症をおこしていた.
 上記の研究が進展している間,全く似たような事故が他の都市で起こった.ここで,毒物の量と症状に関して,極めて正確なデータが得られた.
 約26グラムのフツ化ナトリウムが,ベーキングパウダーとまちがって,26個の朝食用のケーキを作るのに使用された.兄弟のうち,1人は9個食べ,娘は6個,母親(69歳)は5個,他の兄弟は1個食べた.この物質が均等に混ぜられていたと仮定すると,それぞれが摂取した量は,9,6,5,1グラムであったと推測される.
 症状はかなり異なっていたが,以下のごとくであった:9グラム摂取した男は,その直後から極めて激烈な痙攣に襲われた:この痙攣は3も時間のあいだ頻発して続き,それ以後,回復するまで3〜4日間,激しい痛みが持続した.下痢はきわめて早いうちから始まり,4時間くらいの聞に嘔吐が現れた.悪心は2〜3日持続した.
 6グラム摂取した娘は,最後のケーキを食べたころ気分が悪くなり,5〜10分後に嘔吐した.その後ときどさ,彼女はカラシ水を飲んでは嘔吐を繰り返した.2日間,彼女は衰弱するような感じがし,気分が悪かった.下痢はなし.
 母親は5グラム病取したにすぎなかったが,皆のなかで最も重篤な症状に集われた.5分以内に他の者と同様,胸がムカムカする状態に陥ったが,5時間は嘔吐が発現しなかった.しかし,15〜20分の間に下痢が始まり,数日間,激しい状態が持続した.彼女はその後2週間,甚だしい衰弱のために床につくことを余儀なくされ完全に回復したのは4週間後であった.
 以上の症例のどれからも,心臓や肺に関する情報は得ることができなかった
 この他に,3例を伝聞している.1例は男の例で,この場合,この物質が硼砂かどうかを確かめるために数回嘗めてみただけで嘔吐に襲われた.次の1例は(セールスマン),1日に何度もこの塩化物を嘗めてみたのだが,何も悪い影響は出なかった.他の1例は男であるが,ロツシェル塩(訳者注・緩下剤)とまちがって,50グレイン(訳者注・1グレインは0.065グラム)服用したところ中毒したものである.彼はただちに激しい嘔吐と下痢に襲われたが,数日間で回復した.
 この最後に引用した症例を著者が知る前に,このような件に関して文献が全く見当たらなかったので,著者は自分自身を被検者にして,フツ化ナトリウムを何回かに分けて増量して服用し,どのような毒作用が発現するかを確かめる実験をした.
 少量を嘗めただけで,軽い叫吐感と流延が発現した.0.03グラムをパンと一緒に飲み下したが,何の効果もなかった.0.09グラムを飲み込んでみたが,1時間後わずかに流延があっただけであった.しかし,0.25グラムを,2日間胃を空にした後呑んだときには,2分後に吐き気に襲われた.この吐き気は徐々に増悪していって,20分後に頂点に達した.このときは,流延は甚だしく増大し,胸も大分ムカムカしたが,嘔吐は起こらず,しかも食欲は非常に強いものがあった.吐き気が次第にしずまったので昼食を食べたところ(美味感なし),食し終わった直後から嘔吐を催した.それは毒物を服用してから2時間後であった.吐き気は,翌日も一日中つづいていたが,その次の日にはおさまった.(太字訳者)
 フツ化ナトリウムの毒物としての特性は以前から多少知られていたが,大量摂取したときの模様にっいては,誰も言及している者はいない.それはこの毒物が,過去においては,極めて限定され,商業用にしか用いられていなかったためであろう.
 1867年のむかし,ルビュトウは犬と兎を用いた実験で,犬では5/10グラムを経口投与したとき発症させたが,0.25グラムでは何の効果もなかったことを見出している..1グラムを血管注射したところ,重い症状を起こさせたが,致命的ではなかった.兎Dでは0.25グラムを口から投与したときには発症させることができたが,同量を血管注射したときには致命的であった.
 これらの結果は,その後他の者らによって似たような実験が行われていながら,致死量に関しては同意されていないのであるが,ルビュトウは,後に,用いられたフツ化物の純度に疑問があると述べている.
 (以下略)

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