一方これらに対する被告側からの主張は、内外二人の研究者つまり、英化学会社ゼネカの上級研究員ジョン・アシュビュー氏と日本化学工業協会の川崎 一博士からそれぞれ一題づつなされたが、内容が似ているのでここでは川崎博士の発表を例にとってその主張を簡単に紹介しておく。彼の主張は次のようである。
という欠陥のツケが回ってきているのである。シンポジウムのなかで最もホットだったこの論争は、もう一題のアシュビュー氏のものが日経新聞の記事でも紹介されているので、興味のある方は更に
いずれにしても環境ホルモン問題で化学企業が深刻な危機感を抱いているのは間違いがない。個々の企業やその連合体がインターネットで盛んに情報発信しているのがその証拠である。
国民にとってはどんな情報にしろないよりあるのに越したことはないが、インフォメーションのなかには必ずディスインフォメーション(撹乱情報)が混じっており、情報の裏には必ず諜報があるということも知っておくべきでだ。この渦のなかで活眼を開いて自己の判断を下すにはどうしたらよいのか。答えは簡単には出そうもない。
国民の環境ホルモンに関する不安は、我々歯科医師の想像を絶するものがある。この問題で歯科が直面している物質は、ビスフェノールA、フタル酸エステル類、カドミウム、水銀等であるが、ビスフェノールA、フタル酸エステル類等には強い異論があるこは先に紹介したとおりである。しかし、歯内療法に用いる液性の芳香族化合物についてはこれから新に問題が惹起する可能性がある。
また、水銀についていえば、ヨーロッパ特に北欧ではこれを強く拒否する患者が普通のようで、ヒトの水銀汚染の最大の原因は歯科のアマルガムだとする意見は環境領域の論文では別に極論でも何でもなくなっている。
筆者は過去15年ほど、故柳沢文徳名誉教授(医歯大・医・疫学)、高橋晄正博士、田村豊幸名誉教授(日大松戸歯・薬理学)らの騎尾に付して、フッ素化飲料水、フッ素入り歯磨剤や洗口液等から摂取されるフッ素の害について情報を提供する努力を続けてきた。特に柳沢博士は中性洗剤や農薬、食品添加物等による人体の汚染を警告する点ではわが国の先駆者の一人であったが、毒物に対して新な視座を開拓した環境ホルモンという概念の確立を見ずに物故されたのは残念である。 彼が一部の口腔衛生学者らの攻撃をものともせず一貫して追求したフッ素の害に即していえば,その生殖毒性、即ち、不妊、流産、精子濃度の減少や奇形発生等の作用について近年一段と研究が進みその実態が明らかにされつつある。これが環境ホルモンという新な視座から照らし出されるのも、おそらく時間の問題であろう。
歯科医師は教育制度上、ある薬剤や化学物質の有害性とか副作用等について十分な教育を受ける機会がなく、従って心情のうえでこのような問題を忌避しがちであるが、もとより良き歯科医師たらんとするにはこんな態度は克服されてゆかねばならない。
産婦人科医や小児科医のある人達が、ダイオキシンによる母乳の汚染という現状を前に、それでも母乳による保育を指導すべきかどうか悩んでいる姿にこそ恐らく求められる臨床家の姿があるのではなかろうか。烈しく動く時代には自らを革新することなく適応することはできない。
注1: 日本内分泌攪乱科学物質学会(環境ホルモン学会)
事務局:〒305-0053
茨城県つくば市小野川16-2 国立環境研究所地域G内
ホーム・ページ( 学会紹介および入会案内)
この学会はまだ会誌が発行されるまでには至っておらず、その代わりとしてニューズレターが発行されている。
このパンフには環境ホルモンに関するインターネット関係の情報が載っている。
注2:ウィングスプレッド・コンセンサス・ステートメント
(ウィングスプレッド宣言)
この全文は「奪われし未来」[1]
に付録として翻訳掲載されている。本書の長尾 力氏の訳は全体に筋の通ったいい翻訳で労作といえるが、この宣言の部分には少し不満がある。すなわち、
@ 最初が「はじめに」となっているが、原書では authors' note
であり、これは「著者によるノート」とでもしないと 宣言の前文と誤解されかねない。
A 次の文節の見出しである Chemically-induced Alteration in
Sexual
Developmentも「ヒトおよび野生生物の性発達に及ぼされる化学物質の影響」では文意が濁る。 もとの意味は、「化学物質が引き起こす性発達の変化」であろう。B その後に続くThe problem
が「前提」と訳されているが、これはやはり「問題」とすべきだ。 その次の中見出しの The purpose of the meeting の訳「会議の主旨」も、
文字通り「会議の目的」とした方がすっきりとする。
Cその他にも We estimate with confidence
that:という見出しが、 ただの「評価」と訳されていたりで、この宣言文全体に漲っている一種の緊張感がこの翻訳からは伝わってこない。
注3:環境ホルモン
この研究でわが国の第一人者とされ、国会でも意見を述べた井口泰泉教授(横浜市立大・理)によれば、この67〜70の化学物質は,研究の結果確定したリストではなく、たまたま論文に出ていたものをコルボーンらがリストアップしたものにすぎない。我々の身辺には5万〜10万種の化学物質があり、それを全部調査した結果が67種なのであればそれを調べれば済むが、そうではないので話が複雑だ、という。
因みにアメリカでは環境保護庁がまず1万5千種を調査し、最終的には6万種の物質に当たって環境ホルモンの割り出しを行う計画らしい。このためは膨大な予算と作業が必要になる。学校給食の食器からビスフェノールAが出てその使用を止めても、その代わりが安全かどうかは誰も断言できないのだ。立花隆氏の言うとおり、我々は相当「ヤバイ」所で暮らしているらしい。(1998,Health
Media 参照)
また米環境保護庁は、トップの政治的意向でいまなお歯科のフッ素は安全だとする政策を変えていないが、庁内の科学者や弁護士から成るユニオンは「フッ素は危険だ」として水道フッ素化に反対しており、ユニオンが母体の庁自体を提訴することすらあえてしている。
この激しさは、 環境問題がまさに闘争であることを物語っている。
注4:逆U字現象
これについて「奪われし未来」は次のように説明している。
逆説めくのだが、場合によっては、大量の化学物質を使用した方が、量を控え目にするよりも、被害が小さくてすむことがあるのだ。ごく微量のDESが生態に及ぼす影響を探っていくうちに、フレッド・フォン・サールは、ある事実をつきとめた。生体反応はなるほど、DES摂取量に比例して活性化していく。ところが臨界点を越えてからは、DESの量を増やすと、かえって生体反応が鎮静化を見せはじめるのである。(略)実験から得られた反応曲線は、ちょうどUの字を逆さにしたような恰好をしていた。このかたちは、内分泌系と合成汚染物質とが密接に絡み合っていることをいみじくも示唆している。(略)「生体反応は服用量に常に正比例する」という常識は、まったく通用しないのである。(275頁)
これについてわが国の厚生省は「このような報告はまだ僅かであって再現性も確認されておらず信頼性に疑問が残るものの、従来の毒性実験や評価では、盲点として検討されないままになっている。従って、逆U字効果の存否の確認とともに、(略)作用メカニズムの確認を急ぐ必要がある。」と言っている。(内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会 中間報告,平成10年11月)
しかし、抗結核剤ストレプトマイシンや抗カビ剤ナイスタチンの発見者である大科学者A・シェッツ教授(土壌微生物学)は、こうした不思議な現象に早くから着目してこれを「パラドクシカル・エフェクツ」と名付けて1964年にすでに2編の論文を発表しており、
「こうした現象は薬理学、毒物学、化学療法時の薬物に対する特異性、大気汚染、発ガン性物質、フッ素の為害作用、放射性降下物(原爆の死の灰)、放射線、栄養学、岩石やミネラルの風化作用、土壌の産出力などの研究データに屡々表れているものだが、再現性が難しく、
肝心の研究者自身がこれに気付いていない。私の2編の論文が他の研究者から言及されたのも、発表してから30年後のやっと1994年になってからである。」と述べ、
「この現象はヒトの単なる健康ばかりでなく、生きるか死ぬかというという所にまで影響を及ぼしていることなのだ。不幸なことに米環境保護庁、食品薬品局などの役所ばかりか科学者個人も、毒物学等の領域の研究でこんな現象が起こっているのは間違いないのに注目しない。(訳・要約・村上)」と慨嘆している。
関係科学者はシェッツ博士の論文を精査し、これを整理してから議論する必要がありそうである。
注5:日経新聞
'98,12,21(月)
朝刊21面に次のような記事が掲載されている。
(略)最もホットな論争は、プラスチックの食器などに使われるビスフェノールAをめぐって展開した。米ミズーリ大学のフォン・サール教授が妊娠中のマウスにビスフェノールAを与えると、産まれたマウスの前立せんの重量が増すとの実験を報告した。体重1キロあたりわずか2マイクロ(マイクロは百分の1)グラムで与えなかったマウスに比べ約3割重くなった。「ビスフェノールAが女性ホルモンに似た働きをして前立せんを刺激した結果」と同教授はみる。2マイクログラムは米環境保護局の安全基準50ミリグラム(5万マイクログラム)をはるかに下回る。しかも不思議なことに、与える量を10〜100倍に増やすと影響が表れない。
これが事実なら化学物質の毒性試験についての考え方を改めなければならない。この発表に英化学会社、ゼネカのジョン・アシュビー上級研究員は真っ向から反論した。サール教授の実験の約5倍の数のマウスを使った実験で「前立せんの重量は変化しなかった」と主張。両者は互いの実験の問題点を指摘し決着はつかず、サール教授は追加実験をして後日公表することを約束した。カップめん容器や缶詰に使っている樹脂からの化学物質溶出,男性の精子が減っているとされる問題でも同様の対立があった。(略)
かつてオゾン層破壊でも産学の研究者が鋭く対立、論争の末にフロンの有害性が明らかになり、規制につながった。環境ホルモン問題でも研究者間の論争が「対立」のまま終わるのではなく「共闘」につながる仕組みを作っていくことが必要だ。
(科学技術部 竹下敦宣)
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文 献
- Theo Colborn, Diann Damanoski, John Peterson Myers:Our Stolen Future:
ADUTTON BOOK, 1996. (邦訳あり: 長尾 力, 奪われし未来: 翔泳社,1997)
- 村上 徹: インターネットで見る歯科関係情報・フッ素とアマルガムの健康影響に関する問題を中心に−: 群馬県歯科医学会雑誌, 第2 巻第2
号,P16,1997.
- http://www.vec.gr.jp/endocrin/endocrin.htm.
- 2) に前出.P15.
- 佐藤温重編集: 歯科材料の副作用と安全性,巻頭言,学建書院,1997.
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