詐欺ずくめのフッ素というのは原題を私が日本語にしてみたものだが、どうもピッタリとしない。見出しや書名をつけるのは本当にむずかしいもので、作家や編集者は命を削るようにしてこれにあたるらしいが、素人の悲しさで、幾ら首をひねってもいい文句が浮かんでこない。
こういう書名をつけると、印象としては安手に聞こえかねないが、内実はフッ素問題にまつわる歴史的事実をぎっしりと詰めこんだ社会派のノンフィクション・レポートである。フッ素問題を歴史的に追求してゆくという主題には、理系(統計学、化学、医学、歯学)と文系の双方にまたがる知識が必要とされ、そうした素養をもちながら、その一方で、十分な想像力や一連のエピソードを生き生きと展開する屈伸の自在な文体の持ち主でないかぎり、殆ど絶望的である。そのうえ、歴史的な資料の収集には超絶的な取材力が必要で、またその解読には、冷徹な史眼が不可欠である。この資料の収集・取材という点をひとつとってみただけで、現代のアメリカ人ジャーナリスト以外に、これができる余地はなさそうである。アメリカの保健官僚や、大企業による虚偽陰謀が周到にはりめぐらされたフッ素のような主題の追求においては、とくにそうである。
」は、医学的側面に焦点を絞っているという限りにおいて、これまでの歴史上で唯一ともいえる大変な名著であるが、ウォルドボットは内科医、バーグスターラーは化学教授、マッキンネイは歴史学教授であって、3氏の共同がなければ、こんな名著は、とてもできなかったであろう。
しかし、ないものねだりをするとなれば、これにだって不満がないわけではない。それは、これだけアクチャルなことがらを取り上げているのに、インタビュー等のジャーナリスティックな接近が殆どされていないため、どうしても全体が講壇くさくなり、時事性に欠ける憾みが残る。 以上のようなことを考えてみただけで、この本が驚嘆すべき作品であるのがわかる。
本書でブライソン氏がインタビューした関係者は総勢で77人にも及び、その一々の日付が「取材源に関するノート」として一覧に供されている。また、巻末の章毎にまとめられた注釈は、これを通読しただけで、フッ素問題の歴史が素描として理解できるようになっている。書中でとりあげた人物および事項に関する充実した索引とともに、この研究レポートが如何に地道な調査を重ねてつくりあげられていったのかが思われ、その迫力ある文体とともに全編息を呑むようである。
」(1990年)という特報論文のグリフィス氏の共著者として、氏の名前はよく承知していた。ニューヨーク在住の敏腕のジャーナリストであり、かつ、数々の賞を受けたテレビ番組のディレクターとしても著名と伺っていたが、こんな浩瀚な著書をまとめあげる気骨と力量にとんでいる人物だとは想像もしなかった。まっさきに私は彼に対して、本書の出版に、祝意と敬意を表したい。
さきにふれた特報論文は、フッ素を使って虫歯を予防するという考えの起源が、予防などいう公衆衛生的発想にあったのではなく、原爆の開発の過程で、ウラニウムを濃縮する作業に従事する労働者や工場の周辺の農家の人たちや家畜の健康に6フッ化ウランで甚だしい被害がおこり、これらの提訴から原爆の機密を擁護するためのカモフラージュとして低量のフッ素は安全という神話をうちたてる必要に迫られ、虫歯の予防はこのための道具に使われてきた、という主旨のものであった。
まず、1948年にドノーラ事件というという地下鉄サリン事件とよく似た惨事が起こった。数日の間にバタバタと住民が死亡し、不可解な症状で入院する者が続出した。そして、その原因を、招かれて調査にあたった独立の研究機関の研究者がつきとめ、ある工場の排煙中のフッ化水素と発表した。
政府はそれまで何もせず傍観していたのだが、その報告がなされるや急遽うごきだし、調査団を現地に送って別な調査報告書をまとめあげた。そして原因は不明と発表することで、独立機関の調査結果を否定した。このために企業は、訴追からまのがれ、和解金程度の金銭を支払うことで、事件そのものは一切隠蔽され、今にいたるまでその解明はなされておらず、すべては依然として闇にとじこめられたままである。
政府が大企業の肩をもつのは理解できなくもないが、それにしても限度というものがある。なぜこんな大悲劇の原因まで一切封じ込めなければならないのか、という疑問が当然わいてくるのであるが、この理由はいたって簡明である。原因がフッ化水素とされたからに他ならない。これが別の物質、たとえば、硫化水素や一酸化炭素であれば、いくらアメリカ政府とてこんな陰謀は企てなかったにちがいない。とにかくフッ素であっては、政府は非常に困るのである。なぜか。
フッ素の批判者には周知のことであるが、アメリカの医学や歯学の世界でフッ素反対者に投げつけられる悪罵,中傷、言論弾圧、様々なイヤガラセは、自由を標榜するアメリカで、しかも、「むし歯予防」の一手法などをめぐって、何故こんな陰険な仕打ちが行なわれるのか、どう考えても理解できない{1}
。しかし、これは、フッ素がアメリカ軍部の虎の尻尾であると分かってみれば理解できよう。
私が予想したとおり、この特報論文は、アメリカを中心に大きな波紋をまき起こした。そして読む者に、アメリカの権力機構の「権力の乱用」という暗部を改めてかいま見せるとともに、フッ素問題がこの暗部と強力に結託しているためにどうにもならない事態となっていること示し、政府というシステムに少し楽観的な人たちにつよい衝撃を与えた。著者らが、この記事で、Project
Censored
Award(言論を検閲する機密事項をあばいた賞とでも訳せようか)を受賞したのが、この間の事情をものがたっている。(ちなみに、日本の雑誌「現代」で、フッ素問題は深刻な論争の渦中にあるという事実を特集したあるジャーナリストは、この翻訳版を読んで、「とにかく、びっくりした。この取材は、おそらく命がけだったにちがいない」という感想を私に伝えてきた。)
本書は、この特報論文が、いわば駆け足でとおりぬけた原風景を、再びその地点に帰って丹念に描写しなおし、デッサンに色をつけて、USスチール、アメリカ・アルミニウム(アルコア)、デュポン等のアメリカを代表する重厚長大産業の悪質な公害かくし(これらは、みな原爆の開発以前から起こってきたものである)と、原爆の開発工場での労働者や周辺農家にふりかかったフッ素汚染による深刻きわまる健康被害を裁判での敗訴から守るため、産官学が結託して行った数々の犯罪的行為を逐一証拠を開示して縦横の健筆を振るって追求したものだ。
その過程でどうにも許せないのは、公害を隠すばかりか、政府のご用を勤める、権威とされる医学者らを動員して数々の医学論文を捏造し、ディス・インフォメーション(にせ情報)としてそれを医学界に流布させ、1937年のデンマークの医学者ケイ・ロールム以来着々と積み上げられてきた、人類の宝ともいえるフッ素の毒性研究の成果を秘密裏にジワジワと腐蝕させ、フッ素の毒性を確認した文献をみな白壁に塗り込めて、医学界の主流文献から追放してしまったことである。そして、これらの医学文献に依拠しなければ知識をやしなえない医師や歯科医師らの目をくらませ、これに関連する科学者を手ひどい混乱におとしいれたことである。まるでこれでは、自由世界が第二次世界大戦以後、一致して告発してきたナチスの医学犯罪にも匹敵する悪行である。しかもそうした暗部の勢力は衰えるばかりか、以前にもまして熾んである。
本書を一貫してながれているのは、こうした暗黒勢力がアメリカの国政の中心に図々しくいすわっているという、やりきれない怒りであろう。そしてさらに、その底に流れている基調音は、現代のアメリカの政治が、リンカーンがゲティスバーグ演説でたかだかと宣言した
「人民の、人民による、人民のための政治」からほど遠いところにきてしまったという、アメリカ国民の一人としての悲しみとも慨嘆ともつかぬ感情であるとおもわれる。
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医学者の組織犯罪とも・・・
医学者と軍政権力が結託するとどんな悪行がおこなわれるかということについては、ナチスにその前例がある。また、わが国でも関東軍第731部隊の行為が「医学者たちの組織犯罪」として追求されているが、フッ素の問題もまさしくその例にもれないだろう。
細菌兵器の人体実験をした731部隊の行為は、戦争中であって、それも日本人が外国人に対してやった行為だと、強弁すればあえてそういえそうだが(だからといって、こんな残虐なことが許されるわけがないのはいうまでもない)、フッ素の場合はアメリカ人が同胞に対しておこなった行為である。そのうえ、これはとても信じられないくらいだが、適当な被験者がみつからぬ時には、父たる立場の者(化学者)が、妻や子を綿密に設計したガス室に入れて、定量されたフッ化水素を呼吸させるということまでが実験されたのであり、それに比較すれば、1ppmのフッ素を水道に混ぜて国民に飲ませるなど、さしたることではないという言い分すら許されることになり、その狂態は表現に窮する。狂気の沙汰としかいいようがない。こんな事実を知っておりながら、なおかつ彼ら(アメリカの保健官僚)がフッ素化を推進しているのであれば、関係者の頭は、もう相当に狂っているとしかいいようがない。
さらに呆れたことには、1ppmの飲料水がいかに安全かということをみせかけるために、連邦公衆衛生局は、連邦環境庁に働きかけて、飲料水中のフッ素の安全基準を、最高4ppm(日本は0.8ppm)というあきれるよりしようがないような数値にまで逆にひきあげさせ、アメリカ政府は、いまだにこれに固執していて一向に改正の動きがみられない。さすがこの狂態にはイギリス政府すら追従はしない。
ジェンナーは自己の信じる理論にしたがってわが子に種痘の人体実験をしたが、このフッ化水素実験の父の場合は、どの程度のフッ化水素を摂取させれば、どんな急性症状がでるかを知るために行ったのであり、しかもその結果は、住民の福祉を役立てるどころか、企業や政府のトップ・シークレットとして深く隠匿され、偽情報のタネとして利用されたのである。こんな行為を鞭うたずして、何をもって市民の倫理とするのか。ここでは、もう市民の結合から成り立つべき共和国としての倫理基盤が、崩壊しはじめているといってさしつかえないのではなかろうか。
こんな行為を、著者は丹念に事実を積み上げて叙述し、すでに老齢にたっしている被験者だったその子にインタビューし、この父がおこなった一連の行為を、「父の罪」として冷徹にしるす。一方、インタビューされた子の方は、亡父が当時学童であった自分に何をしようとしたのかがよくのみこめないまま、一種いやな経験を思い出すといった態度で、「やっぱり、おやじはマンハッタン計画に関係していたのか。」とつぶやく。父もその妻だった母も、みんなフッ素の慢性中毒と思われる病気で死に、その子も今は、フッ素によると推定される関節炎(骨フッ素症)で苦しんでいるのである。入院患者をだまくらかしてプルトニウムを注射した行為とならんで、これらはマンハッタン計画の医学部門が行った極悪の双璧であり、まるでダンテの地獄篇を読むような思いがする。
その極悪を画策した人物群の中心に居すわったのは、ハロルド・ホッジという、フッ素の権威者とされる毒物学者であるが、著者は、本書のながいストーリーのあちらこちらのエピソードで、このホッジを登場させる。それが私には、きわめて印象的である。
ホッジは長生きをしたが、「フッ素と歯、そして原爆」の記事があらわれる前に死去していた。要領よく権力の中心部を泳ぎきり、高齢になってからもフッ素の権威者として情報を攪乱させ、世界中に影響を与えつづけた。まさに妖怪のようである。
わが国のフッ素推進者が金科玉条のようにした「フッ素とう蝕予防」(飯塚喜一ら訳)におけるホッジの執筆箇所など、全くの偽情報で、本書で化けの皮がはがされた彼の行跡をみれば、当時の彼の肩書であるカルフォルニア大学サンフランシスコ校薬理学・口腔生物学教授などの肩書すら、スパイ小説でいうカヴァーにすぎないと思われる。原爆の製造に関係した秀才科学者など、政府のご用のまま、どんなところにも出入りでき、どんなお面だってかぶれるのである。とくに得心できたのは、ホッジが戦後CIAにも関係していたという記述である。これは、彼の手口を追ってみると理解できるのだが、それはとても医学者などの発想ではない。
アメリカが滑稽なまでに多数の原水爆を背景にして、現今のようなウルトラスーパーパワーになったのには、おそらくホッジの医学者としての悪行も多分に貢献したはずであるが、アメリカの医師歯科医師たちは、果たしてこの人物を礼賛するのか、否定するのか。とにかくこれは非常に重苦しい主題であって、新たなノンフイクションが書かれるのを期待したい。
ここまで書いてきて、一つヘンなことを思いだした。
「フッ素とう蝕予防」という本は、エルネスト・ニューブランというアメリカの予防歯科の大物が編纂したものであるが、7〜8年前、Ernest
Newbrunという人物から唐突な英文のメールが舞い込み、いきなり、「君はなんでフッ素化反対などという愚かな行為をしているのか」と詰問してきた。当時私はメールを開設したてで、外国人とはごくかぎられた人としかメールのやりとりはしていず、私のアドレスを知るものは友人以外にはいなかったはずであるが、これには一瞬目を疑った。しばらく考えてからこれがかの大物氏であると気づき、同じ表現をつかって、「君はなんでフッ素化推進などという愚かな行為をまだしているのか」と切り返してやったものだが、少し薄気味わるい話なので、私はその後アドレスを変更してしまった。
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科学者コルボーンがなぜ見過ごしたか
話題をもとに戻す。
環境ホルモンという言葉は、日本でも、現在完全に定着しており、
日本環境ホルモン学会が正式に発足したのもかなり前である。
いうまでもなく、この「環境ホルモン」という言葉は、テオ・コルボーンらが1996年に刊行した著書
「奪われし未来」がもたらしたものであるが、この著作は、DES(ディ・エチル・スチル・ベストロール)等の生物の生殖系を障害する物質が野放しに環境に放出されており、このままでは、人類にも未来がなくなると主張したものであり、世界中に大きな波紋を呼び起こしたのは、まだ記憶に新しい。
この本はわが国の知識人らにも大きな影響をあたえ、なかんづく、理系のトピックにも鋭敏な評論家立花隆氏らによって、繰り返し活発に議論されていることは、知る人はよく知っていよう。このことはそれほど深刻な問題である。
ところが,まことに不思議なことに、この著作には、明らかに生殖系に毒性を示すとされていたフッ素化合物に関しては、何一つふれているところがなく、環境ホルモンと目される物質にも、フッ化物は一切ふくまれていないのである。このことについては、フッ素の研究者には、当初から不審に思う者が多く、折りから普及し出したインターネットで世界中に情報が飛びかったが、本書の著者ブライソンも不思議に思った一人と見える。この件に関して、彼はコルボーン博士にインタビューし、次のような回答を記している。
「我々はそのことについては、何も知らなかったのですよ。我々のレーダーには、フッ素はひっかかってこなかったのです。我々がそのことを知ったのは、つい6年前にすぎません。」(232ページ)
コルボーンほど文献の渉猟に秀でた科学者が、なぜフッ素の毒性について何一つ知らずにこられたのか。ブライソンによれば、コルボーン自身がその理由を知りたがったという。なぜ、フッ化物という産業化学物質の毒性にかんする知見が、まるごと主流の科学文献から姿を消して、半世紀ものあいだ、探索のレーダーにもひっかからずにいたのか。その一方、この物質は時を追うにつれて我々の体内に深く浸透し、様々な問題をおこしておりながら、公的機関がそれに何一つ警告を発せずにいる理由はどこにあるのか。
じつはここに、さきに述べたホッジの一連の攪乱作戦が関連してくるのであるが、それはどんな意味を帯びてくるのか。ブライソンはここで、別にインタビューしたトロント大学のスコット・マーバリーの言葉を引用する。マーバリーは有機フッ素の研究者であるらしい。以下にその原文を、理解しやすいように若干の言葉をおぎなって翻訳する。
「〔有機フッ素化合物の毒性については〕世界中の科学者や、〔化学物質の〕規制に関与する役人が当惑しているのですよ。我々はこの物質の毒性に関しては、1960年にレイチェル・カーソンが〔「沈黙の春」で書きしるしたDDTのような〕塩素炭化物ほどの知識もないのです。これは悲劇的な事態ですね。まさに悲劇的ですよ。だって、この物質が現在の人間の血液中にこんなにも高濃度にありながら、これが蓄積性であって極めて排出されにくいということを、誰も知らずにいるんですから。」
ブライソンが本書を執筆したモチーフはまさしくにこの異常な事態の解明にあるといえよう。
アメリカの社会がこんな事態におかれていることは、常識ではとても考えられない。他の毒物、例えば、ヒ素や鉛、ダイオキシンやプルトニウムでさえ、こんな事態にはなっていない。フッ素の毒性をめぐる世界はまさに異常ではないか。しかし、それは事実なのだ 。著者は、そう断言する。そして、その異常事態を象徴させるかのように、ブライソンは、この長いドキュメントの冒頭に、薬学者フィリス・マゥレニクス博士がフッ素の中枢神経にかんする毒性研究の過程で遭遇した一連のエピソードをとりあげる。こんなエピソードをアメリカ人として君は信じることができるかい。著者は、読者に、そう問いかけるているようだ。
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マゥレニクス博士き数寄な運命
フィリス・マゥレニクス博士の業績、および彼女が遭遇した一連のエピソードについては、私はこれまでに少なくない量の記事をしるしてきた。
(参照)
そんなわけで、ここでは詳述を省くが、その内容をあらすじでいえば、次のようになる。
ハーバート大学で毒性研究に従事していた彼女に、ボストンのフォーサイス歯科センターが、歯科に関連する薬物や材料の毒性にかんする研究陣の長として白羽の矢をたてて招請し、対象にまずフッ素を選んで、フッ素化合物が動物の中枢神経系に有害作用を示すかどうかをしらべる実験を行うこととした。そして実験材料に用いる動物の行動を分析するコンピューターシステムの開発に、多額の資金と、数年という日数を投じた。フォーサイス歯科センターという組織は、歯科の世界では、匹敵するものがないくらいの名門である。
実験は多大の成果を生んだ。フッ素を投与された動物は、いずれも中枢神経に障害がある特有の行動を示したのである。研究者はこの結果を論文にまとめて発表した。
(Mullenix
PJ, Denbesten PK, Schunior A, Kernan WJ, Neurotoxicity of sodium fluoride in
rats, Neurotoxicology Teratology, 1995
March,17(2):169-177)というのがその論文である。
この業績は、フッ素が神経毒であることを示した世界で初めての直接証拠となった。この実験にもちいた手法は従前の研究に比較して一段と精密なものであり、関係者は否定しがたいその結果に大きな衝撃を受けた。
これは研究者としてじつに名誉なことである。なぜなら、アメリカでは現今夥しい子どもが学習障害や多動症に罹患していて、その理由は全くわかっていない。しかし、マゥレニクス博士の実験によれば、動物が示した行動は、動物の脳にこれらの脳の機能障害と同様なことが起こっていることが推測され、それがフッ素の摂取と深い関係があることが示唆されたのである。
ところがここで、思いもかけない事態がマゥレニクス博士の身にふりかかったのである。彼女は突如、この結果を学術雑誌に発表したことを激しく叱責され、解雇されたのである。その理由は明らかにされなかったが、後から考えれば、どうも研究結果が、アメリカの政府当局(連邦公衆衛生局)を激怒させたらしいのは間違いがない。
アメリカでは、歯科で虫歯予防に使用するフッ素には、いっさい毒性がないというたてまえになっている。このたてまえの背後には、私が先に述べたようなアメリカのとんでもなく強力な暗黒勢力が盤根を張っているのだが、当時、純粋な科学者であったマゥレニクス博士には、もちろんそんな知識はない。
そんな時期に彼女は、「フッ素と歯、そして原爆」を執筆したジョエル・グリフィスから連絡を受けた。グリフィスは彼女に、ホッジがマンハッタン計画に深く関与しており、そこではホッジらによってすでにフッ素の神経毒性の研究がなされておりながら、その結果が秘匿されていることを知らせたのである。彼女はこの話には心底びっくりしたらしい。なぜなら、そんな文献は幾ら探索しても一つもみることができず、それに彼女は、フォーサイスに招かれて研究に着手する際に、研究の相談役としてホッジに引き合わされていたからである。
グリフィスらは、かつて機密とされていた公文書等を詳しく探索し、数々の証拠をコピーしていた。毒物学の研究者として、その証拠を逐一検討したマゥレニクスは、自分自身が科学者であることを恥じるほどの絶望感にとらえられた。フッ素の背後には、まさにアメリカの恥部ともいうべき暗黒部分が、不吉な姿をあらわして、学術の世界をもその支配下おいている様子がありありと伺えた。
本書に収められた多くの写真の中に、フォーサイス歯科センターの広報紙(フォーサイス・デンタルセンター・ニュース)で、新任の毒物部門の主任としてマゥレニクスが大きく紹介された記事のなかに、センター長のヘインとホッジにかこまれた彼女が写っているが、その顔はいかにも希望にかがやいている。この左右の両科学者によって、やがてとんでもない不幸な事態が仕組まれようとは、彼女はこのとき、かけらほどにも思ってはいなかったであろう。
■
フッ素を巡る世界の事情
ここで、多少の余談になる。
私はマゥレニクスの講演をいちどだけ聞いている。
1998年にアメリカ・ワシントン州ベリングハムで開かれた第22回国際フッ素研究学会で、特別講演の話者に彼女が招かれたき、私も聴衆として出席していたからである。彼女の精力的な講演にたいして、会場からの質問が後をたたず、私は彼女の発見で、フッ素の問題は、きっとこれから新しい段階に入ってゆくのではないかと、思った。
研究職をクビにされてからの彼女の活動については、私は殆ど知るところがなかったが、本書にはその一端が述べられている。彼女は、労働災害などでフッ素の被害にあった人たちの補償を求める裁判で、それがフッ素によることを証言すべく、求めに応じて全米をとびまわっているのである。おそらくこれは無報酬にちかい活動なのであろう。
ここあたりに、アメリカとヨーロッパとの大きな違いがある。
ヨーロッパでは、デンマークのケイ・ロールム博士が、産業医学的観点から、氷晶石を扱う労働者の健康被害の理由がフッ素によることを見抜き、広範な研究を行って1937年に「フッ素中毒症」という教科書を刊行して以来、フッ素を取り扱う工場には、従事する労働者がフッ素中毒をおこさないように厳重な防御的施設が必要とされ、これを怠って訴訟が提起されれば、被告である企業は、のきなみに多額の賠償金を請求されるようになってきたという。これはヨーロッパの重厚長大産業の競争力を弱める結果ともなった。この間の経緯の一端は、ジョージ・ウォルドボット博士らの「
フッ素化:この巨大なる矛盾」という著書や、フィリップ・ヘーゲン氏の
水道フッ素化の真の狙いにしるされている。
しかし、アメリカにおいては、斑状歯(歯牙フッ素症)は単なる美容上の問題にすぎず、骨フッ素症にいたっては、こんな疾患はアメリカには存在しないとまで断言されているのである。そして、このドグマを守るためか、どの州の公的機関も、骨中のフッ素量を測定することは全く行わず、夥しく蔓延しているアメリカ人の関節炎(高齢者のおよそ3人に一人は関節炎に罹患しているという予測がある)も、フッ素と全く無関係、若年者の骨折の多発もフッ素と無関係とされ、それを疑うような研究は、政府機関によって厳重に抑圧されているらしい。フッ素にかんしては、ファシズムそっくりの体制がしかれているのである。
オランダで終始反フッ素化闘争を指導し、ついに憲法でフッ素を水道水に添加することを禁ずることに成功したハンス・ムーレンブルグ医師が、「
アメリカやイギリスは、ナチスと闘ったことはあってもこれに支配された経験がないから、全体主義や自由を失うということの恐ろしさがわかっておらず、このために反フッ素化運動がなかなか効果をあげないのだろう」という意味のことを述べているが、じつに含蓄のある指摘である。あるいはここで、我々は、40年前にアイゼンハワー大統領が退任演説で述べた、産軍複合体についての印象的な警告を思い浮かべてもいいのかもしれない。「今や産軍複合体の力は、国家機関ばかりか、どの州のどんな組織にまでも及んでいるのである。」
こんな中世暗黒時代のような一面がアメリカにあることは知っておく必要がある。
しかし、アメリカという国の凄さは、こうした過ちを国民がある程度わかると、今度はこれを内部から変えてゆこうとする草の根の動きが、まるで地底からのマグマのようにせりあがってくるところにある。インターネットの普及以来、急速に高まってきた各州の反フッ素化熱は、従来のアメリカではとても考えられないくらいである。これは、言論を抑圧することで深く隠蔽されていた事実が、インターネットを通じて次第に国民の知るところとなり、フッ素問題の核心を国民が理解しだしたことによるのであろう。
■
動きだした米国の反フッ素の波
その好例が、マーサ・ベービスとダーレン・シェレルという二人の反フッ素活動家が1980年代に行った仕事にうかがえる、とブライソンは述べる。
彼女らは、ホッジが議会に対して提出した資料の中の、骨フッ素症をひき起こすに必要なフッ素の摂取量の数値に決定的な過ちがあることを指摘し、全米学術会議(National
Academy of
Science)とねばりづよく理論闘争をおこない、この数値を訂正させることに成功した。これにより、骨フッ素症を起こすフッ素の摂取量は一挙に半分の値となり、この程度のフッ素を摂取しているアメリカ人は沢山おり、従って多数の労働者や高齢者に見られる骨や関節の障害がフッ素によるものであるという主張が成立する基盤を築いたのである。
そして、この過程で明らかになってきたのは、ホッジはひとたびこのまちがった数値を流布させてから、ごく人目につかないところで密かに訂正をしておきながら、堂々たる公的機関がそれに気がつかなかったことにして、あくまで政府に都合のよいまちがった数値を、ながねん一人歩きさせてきたらしいという事実が暴露されたことである。ホッジの狡猾さは、科学者というよりまさに妖怪であって、シェークスピアの劇にでも出てきそうである。
わが国でも、全国的にフッ素洗口を普及させる根拠とされる翻訳文献の悪質なまちがいを、100箇所以上にもわたって内科医が指摘し、弁護士を通じて、出版社や執筆者の大学教授T氏に数回手紙を送って訂正を求めても一向誠実な対応がないと伝えられているが、この教授もフッ素を擁護する口腔衛生学者だけあって、さすがホッジの末裔、その奸智にならったのではなかろうか。
要するに、フッ素応用とそれを推進する側の人たちは、フッ素教というイデオロギーにとりつかれた狂気の世界の住人であるらしい。そういう人たちが野放しにされるとどんな事になるのか。作家、司馬遼太郎は、昭和期の日本の軍閥の狂気にとりつかれた人たちについて以下のように述べている。
国家に責任をもっている専門家とか、その専門家を信用する世間の常識というものほどあやうくもろいものはないということを、大日本帝国というのは国家と国民を噴火口にたたきおとすことによって体験した。日本の歴史のなかで、昭和初期の権力参加者や国民ほど愚劣なものはなかった。(略)
常識ではとても理解できないというような精神のもちぬしが、国中が冷静を欠いた状態にあるときには出てくるものである。また(略)、変にならねばその要職につくことができない。また要職につけばいっそう変にならねば部内の人気が得られないということで(略)相乗に相乗をかさねてゆくため、それが過ぎ去って歴史の中のお伽話になってしまった今日からみれば、(略)あの当時の変な加減というのは狐狸妖怪が自分で自分をだましつつ踊りまわっているようで、冷静な後世の常識では信じがたいことが多いのである。(司馬遼太郎・戦車・この憂鬱な乗物)
そんな昔にまで遡らなくても、ついさきごろ、オウム教団というおよそ不可解かつ狂信的な集団があったことは、まだ人々は忘れてはいまい。何がなんでも住民にフッ素を与えたがる人たちの世界はこれに近いものがある。
そして司馬氏の
「
変にならねばその要職につくことができない。また要職に つけばいっそう変にならねば部内の人気が得られない」
というヘンな熱狂性は、そのまま予防歯科とか口腔衛生学とかいう分野を我が物顔で跋扈しているフッ素推進派の人たちの生態にそっくりである。この人たちの論理とか信条とか結託力とかは、それほど非常識かつ不可思議なものである。
虫歯予防のフッ素に反対するということは、こういう人たちの罵詈讒謗に堪えてゆくということでもある。
本書には、先にふれたコルボーン博士が序文を、2000年
にノーベル医学生理学賞を受賞したスェーデンのアービト・カールソン博士が跋文を寄せている。とくにカールソン博士はスウェーデンで長年にわたって反フッ素化の活動をつづけてきた人であるので、説くところが非常に説得力にとむ。狂気に対して、覚醒して正気をたもちつづける生き方のうえで後継者を見いだした思いがあるのかもしれない。
本稿の執筆にさいして以下の書籍を参考にしました。
常石敬一・医学者たちの組織犯罪・朝日新聞社・1999年
霍見芳浩・アメリカのゆくえ、日本のゆくえ−司馬遼太郎との対話から・日本放送出版協会・2002年
アーネスト・ニューブラン・フッ素とう蝕予防・飯塚喜一、近藤武、矢崎武共訳・学建書院・1975年
司馬遼太郎・歴史と視点・新潮文庫
村上 徹・フッ素信仰はこのままでいいのか・績文堂・2003年
中村禎里・日本のルィセンコ論争・みすず書房・1997年
George L. Waldbott, Albert Burgstahler, H.Lewis
McKinney・ Fluoridation:The Great Dilemma, Colonado Press, 1978
参考
本書にかんする海外有識者およびメディアの書評
アイリッシュ・インデペンデント紙
ガーディアン
国際フッ素研究学会雑誌(Fluoride)
Democracy
New
Dr.
Joseph Mercola(世界で最も有名な健康メールマガジンの発行者)
アメリカ化学学会機関誌 ケミカル・アンド エンジニャリング・ニュース
感想 U 友人へのメール
クリス・ブライソンの著書「フッ素の欺瞞:The Fluoride
Deception」に関する書評がイギリスのガーディアン紙で大きく扱われました。この本は本当に素晴らしくて、これまでに私が訳してきたジョエル・グリフィスと同氏共著の「フッ素と歯、そして原爆」や、フィリップ・ヘーゲンの論文「水道フッ素化の真の狙い」に書かれてある、フッ素化にまつわるとても事実とは思えないようでエピソードが、すべて事実である根拠を、逐一原典を示して歴史的事実として立証したものです。それにしても、よくここまで古い証拠を探索したものです。ひょっとするとピューリッアー賞を取るかもしれません。
「日本人にはなかなか英語が手に負えない」と、しり込みする方もおられるかもしれませんが、各位是非購入してお読み頂きたく熱烈に希望いたします。そして、これを読めば、フッ素の問題などが医学とも歯学とも全く関係のないところで発想されたことが明らかです。ひたすらアメリカの政府や軍需産業のご用を勤める医学者や歯学者らの論文(勿論この中には、NTP研究も入ります)が、如何に精密な論文の体裁をとっていようとも、全く科学と無縁な、ただのディス・インフォメーションに過ぎないことが実に明々白々です。私はこの問題には、そのやり口から見てCIAやFBIすらが関係しているに違いないと、にらんでおりましたが、果たしてその通りでした。さんざスパイものを読んできた私の読書歴が、この本の理解において随分役に立ちました。
アメリカといわず日本といわず、世界中の医師も歯科医師もみんな、だまされてきたのです。EPAのユニオンの労組委員長であったカールトン博士が「フッ素化は二十世紀における世界最大の虚偽」というのも、少しも誇張ではありますまい。これが明らかになった以上、個々の論文の科学的学的妥当性などを吟味するのは全く滑稽なようにすら思われます。
ただただ唖然とします。
村上 徹」
2004/06/21
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