●2006年3月9日(木)

〜台湾旅行記@〜

 ここ最近、ブログの方がメインになってしまったので、こちらを更新するのは久しぶりになります。さて先日、3泊4日で台湾に行ってきました。昨年の韓国旅行記と同様、何回かに渡って旅行記を書こうと思います。

【1日目/2月27日(月)/雨】
 午前10日本アジア航空201便で成田を発ち、空路台北へ。約3時間半のフライトの後、台北市の北側、桃園県大園郷にある台北の空の玄関「中正国際空港」に到着しました。空港の冠名となっている「中正」は、中華民国の初代総統「蒋介石」の諱(いみな)だそうで、英語の場合は蒋介石の頭文字(Chiang Kai-Shek)を取って「C.K.S International Airport」と表記されることが多いようです。

 空港で我々を出迎えてくれたのは、現地ガイドの徐さん(70代・男性)。徐さんはその後4日間、絶え間ないダジャレ攻撃で我々を見事ノックダウンしてくれました(笑)。徐さんの名前は、このあと度々出てきますので、憶えておいて下さい。

 空港を出た我々は、バスに乗り高速道路で台北市内へ。台湾の高速道路は片側5車線、他のアジアの大都市と同様、車の通行量は多く、車種の大半はトヨタと日産でした。また、ホンダや他の日本車メーカーの割合は意外に少なく、欧米車の割合が多いように感じました。

 台北市内に到着後、まずはホテルにチェックイン。今回我々が利用したのは、台北駅から南西に約3qの所にあるキリンホテル(麒麟大飯店)。台北市の中心部からは少し外れていて設備や客室は日本のビジネスホテルと同程度の普通のホテルですが、すぐ隣がコンビニだったので、とても便利でした。荷物を置いた我々は、まずホテルのすぐ近くにある「龍山寺」へ。

 龍山寺は清朝乾隆代の1738年に着工、2年後の1740年に落成した台北の最古刹と言われる道教の寺院で、ご本尊の聖観世音菩薩をはじめ、文昌帝、関聖帝など、数多くの仏像・神像が祀られています。「日」の字の形に配置された伽藍と回廊には、煌びやかな装飾が施されており、強烈な香りを発する線香の煙と相まって道教寺院独特の雰囲気です。

 第2次大戦中、米軍の空襲によって伽藍は大きな被害を受けたましたが、ご本尊だけは奇跡的に被害を逃れたため、それ以降、付近の住民は空襲の度に観音様の膝下に避難するようになりました。不思議なことにその後も観音様の膝下に避難した者には全く死傷者が出ず、そのあらたかな霊験と観音様のご加護を求め、今日も多く人の信仰を集めているそうです。

 面白かったのはガイドの徐さんが実演付きで教えてくれた「仏様にどっちが良いか決めてもらう」ための道具(餃子のような形をした2つの木片)で、その使用法は「仏様に判断をゆだねる事を頭の中に思いながら、手に持ったを木片を同時に下に落とし、表裏が1つずつ出たら○、両方とも同じ面が出たら×」となるそうです。

※カーソル・オンで写真の説明が出ます。
龍山寺 前殿 龍山寺 正殿 諷経を上げる僧侶

 さて龍山寺をあとにした我々は、次に「中正紀念堂」へ。中正紀念堂は、先に書いたように「中正」すなわち「蒋介石」を偲んで建てられた伝統的な中国宮殿式の巨大建築物で、蒋介石が死去した翌年の1976年に起工、1980年に完成しました。写真だと大きさが分かりづらいかもしれませんが、実際には高さが約70bもあるかなり巨大な建物で、メインフロアにはこれまた巨大な蒋介石の銅像が安置されています。

 銅像後方の壁には、蒋介石の基本政治理念であった三民主義に基づいた「倫理、民主、科学」というが文字掲げられ、更に左側の壁には「生活の目的は人類全体の生活増進に在り」、右側の壁には「生命の意義は宇宙継起の生命創造に在り」という蒋介石の言葉が刻まれています。

 ちょうど我々が訪れた時間は、1時間ごとに行われる儀仗兵の交代セレモニーの時間で、重さ約8sあるという銃剣を捧げたり回したりするパフォーマンス(動画)を見ることが出来ました。ガイドの徐さんによると、このパフォーマンスの最中に銃剣を落としたり部品が外れて飛んだりする事が時々あるそうで、その場合、儀仗兵は自分で落とした物を取りに行くことが出来ないため、サポート役の人が常に同伴しているのだそうです。

 また、建物内にある展示スペースには、蒋介石が生前愛用した衣類や日用品、防弾装甲が施された総統専用車、写真や書など、ゆかりの品が多数展示され、当時の総統執務室も再現されていました。蒋介石に対する歴史的評価は、功罪相半ばと言った感があるため国や立場によって異なりますが、台湾では一般的に尊敬の対象となっているようです(どちらかと言うと、意図的に尊敬の対象に祭り上げている、と言う印象を受けました・笑)。

 なお、このページでの表記は、日本で一般的に使われる「記念堂」ではなく、現地の表記に従って「紀念堂」としました。

※カーソル・オンで写真の説明が出ます。
横面から見た中正紀念堂 巨大な蒋介石像と儀仗兵(左下)。 再現された総統執務室

 さて、次はお約束の免税店へ。実は今回3泊4日の間に、3度も免税店へ連行(!?)されました(笑)。昨年も書いたとおり私はブランド品等には全く興味が無く、いつも軽く一回りするだけで何も買わないのですが、台湾は今回が初めてのため現地の気候の様子が分からず、持って行った衣類では少し暑すぎたので、お気に入りのアディダスのショップを探し、ライダース・ジャケット風の薄手の上着を1枚購入。その後は、喫煙所とコーヒーショップで時間を潰しました。

 喫煙所にはモクモク隊(笑)を自称する同行の仲間たちが、入れ替わり立ち替わりやって来ましたが、あまりに時間があるので免税店内のコーヒーショップへ。コーヒーを注文すると舌先が痺れるくらいのストロングなコーヒーが出てきました。支払いを済ませレシートを受け取り、ふとカウンターを見ると何やら募金箱のようなものが。よく見ると箱の外側には中国語で「体の不自由な方・孤児・ホームレス」と書いてあり、中には何故かレシートが沢山入っていました。隣でケーキを食べていた同行のF師によると、レシートが宝くじになっているのではないか、とのこと。なるほど、もし当選すれば多額の募金となるわけです。早速、私もレシートを募金箱へ。

 ガイドの徐さんによると、やはりレシートは宝くじになっているそうで、当選の最高額はナント200元(日本円で約700万円!)、抽選は2ヶ月に1回行われるそうです。また、このレシートの用紙は、納税していることを条件にお店が政府から購入するそうで、この正規のレシートを発行しないお店は、すぐにお客さんから通報されてしまうらしく、政府とすれば脱税防止・消費促進と言った効果が見込め、消費者は買い物をするたびに宝くじをもらえるという、非常に合理的なシステムとなっています。日本でも是非導入して欲しいものです(笑)。

 さて、次はお待ちかねの夕食ですが、旅程表によると、この日の夕食は台湾料理とのこと。入ったレストランはお決まりのツアー用店舗で、周りのお客さんもほとんど日本人です(笑)。料理も矢継ぎ早に次々と出てきましたが、この日の昼食が機内食だったことと、修行生活で早飯に慣れている我々は、出てくる料理をアッと言う間にお腹の中へ(笑)。メニューは大根餅や空芯菜など一般的な内容でした。飲み物は、ビールと紹興酒を注文。今回の旅で一番多く目にした台湾のビールは、「台 湾 卑 酒」と言う銘柄でしたが、コンビニなどでは日本や他の国のビールも販売されていました。

 夕食の後は、台北駅から北へ約10q、市内を走る地下鉄(MRT)淡水線の「劍潭」という駅付近にある士林夜市エリアへ。まず食べ物屋台が所狭しと軒を連ねる「士林美食街」と言う建物に入りましたが、残念ながら我々は夕食を食べたばかりだったので、お腹いっぱい。おいしそうな屋台の料理を眺めただけで再び外へ。次に衣料品店が集まるメインストリートを通って、途中から狭い路地に入り、付近をグルッと一回り。日本の縁日を彷彿とさせる様々な露店があちこちで店を開き、翌日が台湾の休日だったこともあって多くの若者が街を賑わしていました。

 露店で目を引いたのは、日本で言う「リンゴ飴」のような物を売っているお店。なんと、リンゴだけでなくプチトマトで作った「トマト飴」なる物が売られていました。グルメガイドにも載っている台湾名物のようですが、先述の通りお腹がいっぱいなのを理由に誰も挑戦しなかったので、味を確認することは出来ませんでした。残念…。

※カーソル・オンで写真の説明が出ます。
トマト飴(笑) 大量に盛られたミカンとプチトマト 夜遅くまで営業している青果店

 次にガイドの徐さんお勧め(←これが怪しい・笑)の台湾式マッサージ店へ。マッサージは希望者のみのオプションだったので、はじめは行かないつもりでいたのですが、同行の8人中5人がマッサージ希望とのこと。せっかくなので一緒に行くことにしました。終了時間を合わせるために全員120分の全身マッサージ、そのほか同時進行で行われるオプションを個々にオーダーしました。私は足裏マッサージをチョイス。しかし、この全身マッサージは大失敗でした(笑)。ツボには全く関係なく力一杯グリグリ押すので、痛い痛い。最後には背中が内出血を起こしたため、私を担当したマッサージ師は慌てて日本語の話せる店の人間を呼び、こう説明してくれました…「アナタ セナカ アカクナッタ、ツカレテルカラヨ、ダイジョブ、ダイジョブ」…かくして罰ゲームのような2時間は終わりましたが、どうもマッサージ前よりも体が重くなったような気が…(笑)。後日談…実は日本に帰ってからも暫く跡が消えませんでしたが、まぁこれも旅の楽しい思い出の一つです(笑)。

 さて、その後は荷物を置きに一旦ホテルへ戻り、ガイドの徐さんと“再見(ツァイチェン)”してホテルの周りを自由散策。日中の観光スケジュールは全て徐さんにお任せのため、ほとんどフリーの時間がないので、夜の散策はその国の生活を肌で感じる絶好の機会であり、ここからが旅の本当の楽しみでもあります。この日はホテルから徒歩数分の所にある、先程の龍山寺周辺の賑やかな夜店街を一通り眺めて回りました。しかし、マッサージに費やした2時間が大きく影響し、既に夜12時近くになっていたので、早めに切り上げて帰ることに。ホテルの部屋でお互いにマッサージの結果を話し合い、翌日の“モミ返し”を心配しながらベッドに就きました。

(次回、2日目)



←前へ   目次に戻る   次へ→

トップに戻る