初出:Tactics/Keyゲーム評論集『永遠の現在』(2007年8月19日 コミックマーケット72)、2007年6月24日脱稿
Key作品においては、感想等で「家族がテーマである」と言及されることが多いが、これまで、この「テーマ」という言葉が発せられるとき、家族の存在を自明とし、家族「である」ことを称揚する家族主義の立場から発せられていることに特徴があるとの印象を有していた。そこで、この際、Key作品において水瀬家という特異な存在を有する『Kanon』において、改めてその家族の有り様を検討し、表現上実際にどのような家族の姿や人物同士の関係が示されているかについて検討する。
『Kanon』における主人公、相沢祐一の水瀬家への招待から馴染んでゆくまでの部分について、まず見ていこう。冒頭、名雪が迎えに来た際のやりとりについては、水瀬家全般に関わるというより、名雪自身の有するわだかまりに端を発する部分が多いため、後の名雪に関する検討に譲ることとし、家に招かれて以降の部分から、各ヒロインへ話が進んでいくまでの間をここでは検討する。
まず、水瀬家の特徴として最大のものは、祐一を始め、家に招かれるヒロインたちを含め、秋子がどんな者に対しても自然体で、すぐさま、まるごと受け入れる点にある。祐一に対しては、親戚で7年前までには何度か訪問していたということはあるにせよ、
このベッドや本棚は、すべて俺のために秋子さんが用意してくれた物らしい。
「祐一さんは家族の一員だから」
そこまでしてくれなくてもよかったのに…と言った俺に、秋子さんが穏やかに微笑んでいた。
(1月7日 木曜日)
という秋子の配慮により、破格の対応を受けている。これまで自室で使っていたはずの大物家具を持参しなくてもよかったという点がさりげなく表現されており、この点からも秋子の配慮は特段であることが窺える。そして、このような配慮と親密さにより、祐一は、7年間隔てられた時をあまり意識することなく、水瀬家にとけ込むことができた。名雪との間について、半日で「お互いの緊張感がなくなりつつある」ほどしっくりとけ込めたことについても、背景に秋子の受容の態度があってこその産物と捉えることも可能である。
各ヒロインに対して、秋子は常に受容の態度で臨む。この例は、第1に、1月10日に居候の少女(後に沢渡真琴と自称)の言い分に味方し、祐一の家出少女だという言い分を否定して、水瀬家に居着くことを許す場面にある。第2に、同じく1月10日に秋子と祐一が米を買いに行った帰り、あゆと会った際に(選択にもよるが)あゆをいきなり水瀬家に招待する場面がある。第3に、1月15日に、祐一が朝起きてきた際にあゆが朝食を食べている場面で、秋子がゴミ出しの際にあゆを見かけ、「わたしが招待したのよ」という点も序盤の特徴なっている。さらに、シナリオが進んだ場面になるが、祐一が栞を水瀬家に連れ込んだ際にもその顔色の悪さを気にしながらも否定せず認める点や、あゆシナリオ中でたびたび食事に誘って水瀬家に迎え入れたり、泊まっていくことを勧めたりする点などに見られるように、秋子の「他人でも、どのような者でも、迎え入れれば家族だ」という家族のあり方の認識が徹底されている。これは、名雪が寝ぼけながらけろぴーを食卓に連れてきた際にも「家族が増えて嬉しいわ」と言うなどの、他愛ない場面においても徹底されており、秋子の認識に基づく水瀬家のあり方は、これまで名雪とふたり暮らしだったため、「新しい家族がまた増えて、賑やかになってきたわねぇ」(沢渡真琴シナリオ、1月18日 月曜日)などという言葉と共に、家族が増えること自体を肯定的に捉える態度として共通している。
上記に挙げた様々な例によるように、秋子の考え方に基づく水瀬家の受容については、どんな者も受け入れ、家族の輪が広がることそのものが喜びであり、家族の構成員間の争い等はほとんど考慮される必要はなく安泰で、たとえ祐一と名雪との間ですれ違いがあろうと、祐一と真琴との間で争いがあろうとも、秋子の人間性に基づく博愛主義的な面で解決される。このような家族のあり方が理想として冒頭より提示され、強い求心力で多くのヒロインを家族の中に巻き込み、にもかかわらず水瀬家の世界自体はほとんど揺らぐことがないまま各ヒロインのシナリオ終盤まで継続する。
それでは、上記のような安定的な水瀬家のあり方に対し、祐一がどのようなスタンスで望んでいくか、各ヒロインのシナリオごとに分けて見ていこう。先述の緊張感がなくなってきて以降、祐一の立ち位置としては、真琴の父親の役割を演じている部分が前面に押し出されてくる。最も特徴が現れているのは、真琴がやってきた初日(*1)、冷蔵庫を漁っていた彼女への対応である。
秋子さんは子供でもあやすように、動けないでいる少女の介抱をした。
【秋子】「お腹空いたの?」
【少女】「あぅーっ…」
何をためらってるのかは分からないが、しばらく悩んだ後少女は、こくん!と大きく頷いた。
【秋子】「じゃあ、何か作ってあげるから、座って待ってて」
この夜更けにも関わらず、秋子さんはエプロンを巻いて、キッチンに立った。
【名雪】「眠い…」
【祐一】「寝ろ」
そんなことを言ってるにも関わらず、名雪も少女の隣に座って、夜食ができあがるのを待っていた。
【祐一】「はぁ…」
それで張本人だけ寝るわけにはいかないだろう。俺も食卓を同じく囲んだ。
こんな真夜中に一家揃って(さらに客人までいて)夜食を食べる家なんて知らないぞ、俺は。
(1月9日 土曜日)
特筆すべきことは、秋子が真琴のために夜食を作ってあげることばかりではない。名雪が、眠いにもかかわらず、家族そろって食卓を囲むことをごく自然なこととして受け入れており、それに巻き込まれるかのように祐一も食卓を囲まざるを得ない状況になっていることである。ここが、祐一が水瀬家の真の団らんに触れたことを、名雪の行動や、巻き込まれて自分だけ中座するわけにはいかない状況から改めて自覚することになった点だと言えよう。以後、真琴のいたずらにより、祐一が焼きそばを作ることになった際には2度目の深夜の家族団らんが図らずも実現する。このときの祐一は、1週間以上水瀬家で過ごした慣れもあり、上記の認識をみんなの前で自覚的に口に出す。
【祐一】「昨今、夕飯だってなかなか一家揃わないってのに、深夜の夜食にわざわざこうやって一家団らんが揃うかね、この家は…」
【秋子】「仲が良くて、いいんじゃない?」
秋子さんが湯飲みを食卓に並べながら、のほほんと言う。まったく平和な話である。
名雪にしてもそうだが、別に焼きそばにつられてこの場所に現れたわけではないだろう。
どうもこの家の人間は、こういった団らんに身を置くことがことのほか好きらしい。
真琴と俺が楽しそうにしているのを見て、夜な夜な食卓に皆集まってきたのだ。
【真琴】「………」
そんなことを知ってか知らずか、真琴はきょろきょろとみんなの顔を不思議そうに窺いながら、最後まで冷めた焼きそばをつついていた。
(1月15日 金曜日)
ここでも、秋子や名雪が求めている、家族の理想的な姿が上記のようなふれあいと家族団らんの中にあるということが繰り返し示されている。血の繋がらない家族として、この地点を足場にして、祐一は各ヒロインとの恋愛に進んでいくことになる。それは、家族がいながら、出張等で捨象され、ひとり暮らしをするようなプレイヤキャラクタとは異なる様相を呈するものとなるだろう。
さて、このような立脚点を水瀬家内で確保した祐一とともに、各ヒロインのシナリオ中でこの家族における位置づけがどのように変質するか、またはしないか、個別に検討していくこととする。まず、物語の核心と言われる月宮あゆシナリオにおいては、秋子にあゆが7年間病院で眠り続けている情報を有していることが仄めかされる。しかし、眼前のあゆの存在については一度引っかかりをもつもののその後は自然に認め、食事への招待ばかりでなく、泊まっていくことすら勧める。ここにおける秋子の対応は、祐一を迎える際の歓待に勝るとも劣らない受容ぶりである。
あゆが母の死に直面し、母をもう一度失いたくない、という気持ちで秋子の看病をする際の必死さを受けて、秋子は、
【秋子】「わたしは、あゆちゃんのお母さんの代わりにはなれないけど…」
【秋子】「でも、家族にはなることができると思ってるから」
(1月24日 日曜日)
との認識を示す。ここは、後のKey作品にも現れるような、血が繋がっていなくても家族だ、という認識を明確に言葉であらわす場面でもある。また、秋子のみならず、名雪も祐一とあゆとの関係について、掘り出された人形を直すという形での支援を行っている。このように、祐一を迎え入れる態度とあゆを迎え入れる態度において、水瀬家のふたりは血縁でなくても、恋愛のライバルであったとしても、それらと関係なく全てを受け入れていく意志が示されており、このことがあゆシナリオとの関係における特徴といえよう。
次に、美坂栞シナリオにおいては、名雪と香里との関係が前面に現れ、水瀬家自体は先述のように、祐一が栞を水瀬家に連れ込んだ際に秋子が受け入れることでしか顕在化していない。ただし、この際にも秋子の察しの良さは格別で、栞が重病であることを一瞬で見抜く。しかし、秋子の出番は他のシナリオに比して少なく、ヒロインと絡むのもこの場面のみである。むしろ、香里との関係で前面に出てくるのが名雪である。彼女が親友である香里を支援する立場から、祐一と栞の関係について間接的に支援する面が強調されている。目立たない場面だが、祐一と栞が百花屋でジャンボミックスパフェデラックスを食べる際、香里と名雪が入ってきた際のやりとりにおいても、香里が昼食を抜いていることを心配した結果同じ店にやってきたことが入店の際のやりとりに見られる。
カランッ。
ドアベルが鳴って、新しい客が入ってきたようだった。
【香里】「あたし、やっぱり帰るわ…」
【名雪】「わ。いきなり出ていかないでよっ」
【香里】「あんまり、こういう店に入りたい気分じゃないのよ…」
【名雪】「ここのイチゴサンデーが、すっごくおいしいんだよ」
【香里】「知ってるわよ。何度も来てるんだから」
【名雪】「だったら、ね」
【香里】「食欲ないって言ってるでしょ…」
【名雪】「なくても食べないとダメだよ」
名雪と、そして香里だった。
【栞】「……」
栞は、複雑な表情で、新しく入ってきたふたりの客をじっと見つめている。
【名雪】「香里、少しは食べた方がいいよ…」
【香里】「ダイエットしてるのよ」
【名雪】「嘘だよ」
【香里】「…そうね。名雪に嘘ついても仕方ないわね」
【名雪】「今日はわたしがおごるから。だから、ね」
名雪は、泣きそうな表情だった。
【香里】「…分かったわよ。つき合うわ」
【名雪】「うんっ」
名雪と香里は、俺たちには気づいていない様子だった。
(1月29日 金曜日)
この直前に、祐一と香里のやりとりで香里は「昼食なんて、もう何日も食べてないわよ」と言っているが、上記のような名雪の配慮によって、図らずも香里と栞は対面し、香里は本人の前で栞を妹と認めることとなるのであった。このような例から、栞シナリオにおいては美坂家の姉妹との関係に広がりをみせ、秋子の日頃からの態度に薫陶を受けた名雪の行動により、美坂家姉妹に対する支援が行われたという点で、水瀬家における博愛的精神が他の家族に対してもよい影響を与えているということを指摘することができるだろう。
それでは、そのような他者の支援を行うことができる名雪自身についてはどうであるか。まず、祐一を受け入れる態度において、秋子と名雪では相当の温度差があることが、ゲーム冒頭の祐一を迎える際の態度において示されている。故意に2時間遅れ、祐一を待たせるという点において、相当不穏なものを抱えていると言わざるを得ない。このことについては、『Kanon』のテクスト外となるが、久弥直樹氏による同人誌『first snow』において祐一を迎えるまでの前日譚として補完されているように、名雪自身の祐一に対するわだかまりは当初から相当なものが存在している。にもかかわらず、家族として過ごす間の名雪との関係は、それほどぎくしゃくしたものとはならずに済んでいる。このことは、寝ぼけ続ける名雪のキャラクタ性にあるというよりも、祐一を思いつつも決定的に振られてしまったという矛盾した気持ちを抑え、どれだけ普通を装っているか、という努力がなされていることを察する以外に方法はない。
上記のような努力については、先述の美坂姉妹に対する対応のように、秋子の意を受けた博愛的な心境に基づくものと考えることが最も自然であろう。『first snow』においても、迎えに行くことに足踏みしている名雪に対し、優しく背中を押すのは秋子の役目である。名雪自身も「わたしは、その言葉に、いつも背中を押されてきたんだから。」とその支援について自覚しており、秋子の言を受け「わたしはあの人の前でも、今まで通りのわたしでいられるかもしれない。」と思ってようやく待ち合わせ場所に一歩を踏み出すその姿を見ても、秋子の支援が名雪に多大なる影響を与えていることがうかがえる。
このように見ていくと、名雪の存在は、秋子の意を受け、ふたりきりで過ごしながらも、母子間で理想的な水瀬家の姿を維持・継承しているという姿に見える。しかし、名雪自身が祐一と結ばれることとなり、相互の関係の変質を受けることで、上記の認識は揺り動かされることとなる。これまでは、祐一が水瀬家に加わったとしても、秋子と名雪の関係が基盤として強い結びつきにおいて存在しており、それをもとに、祐一との間での対応がなされる、という3者の関係であった。そうであったからこそ、名雪は、祐一に対して「今まで通りのわたし」でいることができた。ところが、祐一と名雪が結ばれたことで、この3者の関係は大きく変容する。恋愛の成就により、3者のなかで、最優先に祐一と名雪の関係があり、ふたりを支援する形での秋子の存在、という図式に変化していかざるを得ない。しかし、長年思い続けていた祐一と結ばれながらも、名雪にとっては、秋子との間で、母子間で強い関係の地点が長く続いていた(*2)。実際、先述の『first snow』におけるやりとりや背中を押す秋子の言葉においてもその印象が強い。だが、恋愛の成就を受け、このような母子の関係の変容そのものを突きつけたのが秋子の事故であったと言えないだろうか。これは、事故があったから変化せざるを得なかった、ということではない。力学的に、ふたりが結ばれれば、ひとりは背景に退いていかざるを得ない、それだけのことである。それを、物語上の必然として、出来事として提示されたのが事故だった、ということだろう。
ふさぎ込む名雪に対して、手をさしのべるのは昔日の秋子に対応するかのように、今度は祐一が行うこととなる。ここにおいて、祐一が真の家族であることの成立を見て、祐一と名雪の関係はゲーム開始時点のやりとりをなぞりつつ、新たな地点へと踏み出すこととなる。このように、受け入れられた者である祐一が、真に家族として位置を占めるまでの過程を、秋子、名雪との三者の関係の中で、恋愛という形を経てその関係の変容を捉えたものが名雪シナリオの特徴といえるだろう。ここでは、あゆ、栞にあるような、「受け入れる」という一方向の姿だけではない家族の相貌が明らかとなっているが、その関係の及ぶ範囲は、水瀬家という枠の中に縛られるものでもあったといえるだろう。
次に、沢渡真琴シナリオについて検討を行う。本シナリオにおいては、まず、真琴自身が水瀬家に保護され、ずっとその中で過ごす点があり、やはり水瀬家への勧誘・受容という方向性では他のヒロインと同様の枠組みを有する。しかし、真琴自身は秋子、名雪には真になついておらず、祐一にだけ心を許しているという点が特徴として存在する。天野に真琴の友人となってほしいと話をするとき、「家にも女の子は居るんだけど、一緒に暮らしていたって、なかなか親睦が深まらない様子でさ」と話すように、名雪と真琴の間での会話はほとんどない。これは、あゆと名雪の間で「あゆちゃん」「なゆちゃん」と呼び合おうかとまでする間柄と比較すると、様相を異にしている。また、このシナリオでは名雪に対して辛辣になっている祐一の姿が垣間見られる。例えば、名雪が真琴のことを「あの子」としか呼ばないことにナーバスになっていることは特徴的である。しかし、その名雪との間も、真琴の最期の日に、わざわざ学校に行って雪だるまを作ることでそのわだかまりを全て解消したかのような描写もあり、名雪に対しての微妙な位置関係と配慮が見られることも特徴として存在する。
また、真琴自身は、祐一が「秋子さんや、名雪にだっておまえから話しかけることないもんな」というように、実際、水瀬家のふたりに対して自ら積極的に話しかけることがあまりない。あるのは、秋子が真琴の様々ないたずらに対する対応において、優しく諭しながらもきちんと言うことを聞かせることや、アルバイトに対する対応が中心である。このときの秋子の存在感は非常に大きなものであり、このような秋子の姿を見て、祐一は彼女を尊敬し、そのような力を持てるようになりたいと思っているところも、他のシナリオと異なる大きな特徴のひとつである。
それは秋子さんの人柄によるところだ。
強引だけども、決して相手を不安にさせない。
その口振りは、はたで聞いていても一緒に落ち着いてしまうほどだった。
年の功というのか、俺もこのぐらいになれば、真琴に馬鹿にされずに済むんだろうな、なんてことを思う。
(1月15日 金曜日)
ここで祐一が考えたように、父親の自覚が芽生えてくる点が、これまでのシナリオと大きく異なる特徴となっている。しかし、この段階ではまだ「(秋子さんのようにうまくやれればいいんだけど、俺は舐められてるかなぁ…)」という自覚の通り、祐一は真琴といがみ合うような関係をしばらく続ける。ただし、15日深夜の真琴のいたずらに対し、焼きそばを作ってやった祐一の態度の中には、「焼きそばなら俺にも作れるから、いつだって言えよな」という言葉をかけ、優しく言い諭すこともしている。このとき、焼きそばを作ってやったことは、秋子がお茶漬けをつくってあげたことを見習ったものだろう。
また、祐一は、後にぴろと呼ばれることになるネコを歩道橋の上で手放した真琴を叱りつける。このことは真琴の家出をもたらし、彼女が一晩帰らないなど、危なっかしい状況に陥りながらも(*3)、ものみの丘から真琴を連れ帰るときには「おまえは俺たちの家族なんだからな」というように真琴との関係を一歩進め、真の家族として受け入れることができるきっかけをもたらした。このとき、祐一は下のような述懐ができるような精神的成長を見せている。
捨て猫に、家を飛び出した自分の境遇を重ねて見たのだろう。
悔恨を経て、想像できないほどの努力をして、あの場に居たのだと思う。
肝を冷やすような事態ではあったが、真琴に大切なことを教えることができた気がする。
【祐一】「いい父親になるな、俺は…」
(1月18日 月曜日)
このほか、裸のつきあいと銘打たれた真琴と一緒に風呂に入ることについても、冗談のようなやりとりながら、実際は真琴のことを娘のように位置づけていることを示している。このような見方であることは、「ぽむ、と真琴の頭に手を乗せ」るような態度においても祐一の位置づけは真琴を庇護の対象として見る地点にある。このように、祐一は水瀬家内において、真琴の父の役割を果たそうとしていく(*4)。
この後、真琴の記憶喪失が進行していくにつれ、秋子・名雪の協力も必要になってくる。このとき、祐一は事実を話し、秋子による財布についていた鈴の音の思い出により、その幻想的な事実が正しいとの認識を新たにするばかりでなく、改めて水瀬家内での関係づくりにも乗り出している。それが大きな達成として現れたのは、祐一の提案で外食をした後、みんなそろって写真プリント機で写真を撮る場面に凝縮されている。記憶を失いながらも、求めていた家族の達成を見た瞬間を、真琴の喜びに託して祐一は以下のように眺めている。
【真琴】「わぁ」
嬉しそうに顔を綻ばせて、とてとてと寄ってきた。
俺はその姿を見て、涙が出そうになった。
【祐一】「よし、真ん中入れよ」
感情をほとんど失っているにも関わらず、こんなにも喜ぶなんて。
憧れだったのだ。
ずっと、こいつはこうしたかったんだ。
人の繋がりから生まれる温もり。
そんな温もりの中に居て、ぬくぬくとそれを感じていたかっただけなんだ。
こいつが切望していたものとは、こんなにもささやかなことだったんだ。
しかし、祐一の試みは、水瀬家の内部だけに留まってはいなかった。翌日、真琴を避けていた天野と真琴を引き合わせることを懇願する。改めて天野に依頼し、真琴と引き合わせることは、水瀬家に頼るばかりではならない、という位置づけになっていることに注目すべきであろう。例えば、真琴を病院に連れて行く提案は秋子からなされるが、いつでも秋子の言うことばかりを素直に聞くことが、真琴にとって必ずしも正しい判断であるとは限らないことが、このとき明らかとなる。ここで求められているのは、柔らかに水瀬家から外に向かっていくべき方向性なのだ。そして、天野と会った真琴は、天野の腕の中で一時的ながらも名前を思い出すことまでできた。上記の場面での、祐一の観察が以下のように記されている。
語調は優しく、焦れったい反応を見せる真琴を前にしても、終始穏やかなままだった。
そしてそれは、相手のことを一から十まで理解している者の優しさだった。
決して自虐的になっているわけでもなく、真琴に対して辛辣にあたっているわけでもない。
言うなれば、見守る者、母の優しさだった。
そのことを悟ったとき、俺の天野に対する疑念は立ち消えていた。
やはり、天野でよかった。
俺だって、今の天野のような気持ちにはなれなかったかもしれない。
それは、大きな痛みを受け入れて初めて生まれる、強さだと思う。
俺はそんな天野の姿を見られただけでも充分満足だった。
天野は、きっと時間をかけてもとに戻ってゆく。
そんな気がしていた。
真琴も初対面にも関わらず、逃げ出したりしない。
ずっと、天野の問いかけを理解しようと頑張っているように見えた。
このときの目は、真琴ばかりでなく、天野の姿にも相当の注目がなされていることに注意しなければならない。まず、天野の態度に「母の優しさ」を見、真琴の今後よりもむしろ天野の将来を気にしている姿がここにある。
真琴シナリオにおいて特徴的に見られる、上記の例のような祐一の関係構築のあり方について、拙稿(*5)において、父=祐一、母=天野、娘=真琴という、水瀬家から離れ、新たに家族を構築してゆく先の姿への萌芽を指摘したが、先述の病院に連れて行くか否かの選択ともあわせると、祐一は、水瀬家において家族のあり方をまず学び、自分が父親の役割を果たすことを自覚していき、やがて、水瀬家から卒業して新たな家族を構築していこうとする流れをたどっていることが見えてくる。そして、このことは、これまで検討してきた3人のシナリオ中にはなかった、水瀬家から外部へ向かう方向性として特徴的に現れている。もちろん、水瀬家を否定するのではなく、それを下敷きとし、吸収できるものを秋子から学び、自ら新たな家族を作ってゆく。このことは、先に示した拙稿においてもすでに指摘していることであるが、後の作品『CLANNAD』において朋也が家族を形成していくこととも関連していると考えることができるだろう。
残された川澄舞シナリオにおいては、水瀬家との関連が非常に薄く、名雪のノートを学校に忘れてきた祐一が、取りに行かされたことに端を発して舞と出会うことをきっかけとしている。この時点から、舞シナリオにおいては、水瀬家から外に飛び出していく祐一という図式が明確であり、水瀬家は寝るために帰る場所としての背景に沈んでいく。食事ですらも、戦いの中でのジャンクフードが前面に現れ、秋子の手料理が消えてゆく代わりに、佐祐理の手作り弁当がその隙間を埋める働きをしていることも、水瀬家から離れていった結果としてバランスがとられているものと考えられるのではないだろうか。このように見ると、祐一は水瀬家を留保なく飛び出し、祐一、舞、佐祐理の3人により、新たな家族を構築していくという姿がシナリオ当初から見られることが分かるだろう。そして、その達成は戦いの最終日に祐一が発した言葉である
【祐一】「卒業したらさ、広めの部屋を借りてさ、舞と佐祐理さんと俺の三人で暮らしてみないか?」
【祐一】「今度は佐祐理さんだけじゃなく、俺たちも飯作ってさ、当番制で」
【祐一】「そうやって家族みたいにさ、飽きるまで暮らしてみないか?」
【祐一】「舞のこともずっと見守ってやれるし、絶対楽しいと思うぜ」
という暮らしを、卒業式の日以降実現させていくであろうことがうかがえる。ここにおいても、水瀬家から外に飛び出し、新たな家族の形成という志向性を有していることが舞シナリオの特徴としてあげられるだろう。
このように、シナリオの役割分担から見ることで、あゆ・栞シナリオにおいては水瀬家に受容されるヒロインの姿、名雪シナリオにおいては水瀬家内でのヒロインの変容の姿、真琴・舞シナリオにおいてはヒロインと共に祐一が水瀬家から外へ向かう姿という3つの方向性があることが理解できるだろう。しかし、その中でも、真琴シナリオにおいて表現されたような、受け入れられた家族の中に安住するのではなく、そこから学んだことを得て、自らの力で新たな家族をつくりあげていく、という姿は、後の作品への影響を考えると大きなものがあるだろう。それはきっと、家族としての姿ばかりでなく、友人や仲間などのように変奏を経て、後の作品にも改めて取り上げられることとなるだろう(*6)。
(注)
(*1) この段階ではまだ「沢渡真琴」という名前を思い出してはいない。
(*2) これは、7年前に名雪が祐一に振られたことで、より2者の関係が緊密に結びつけられ、その母子密着の時が長く続く原因となっていることは想像に難くない。
(*3) この場面での選択肢において、真琴が真に家出少女だと納得して安心して家に帰れば、真琴シナリオは始まることなく終焉を迎える。
(*4) それではなぜ、父娘の関係を擬製する真琴と性行為を行うことが、真琴シナリオの完遂の条件となるのであろうか。それは、『ONE』における椎名繭シナリオと同様、身体の交わりこそが、真琴をこの世に繋ぎ止める絆として存在するという考え方として共通しているのではなかろうか。そして、そうであるからこそ、天野の予想を越え、2度の高熱を経てもなお真琴はこの世に姿を留め続けることができたのだろう。
(*5) 「反物語化と意図せざるものへの接続――沢渡真琴」を参照。
(*6) 『リトルバスターズ!』を想定。