シベリウスの年譜

西暦年月日 シベリウスに関する年譜 主なできごと
186512/8 ヘルシンキ北方のハメンリンナにて生れる。
洗礼名ヨハン・ユリウス・クリスチャン、愛称ヤンネ。
父クリスチャン・グスタフ、母マリア。
カール・ニールセン誕生(6/9)。
グラズーノフ誕生(8/10)。
18687/31 父クリスチャン・グスタフ急死。 明治維新
1875(10歳) 《水滴》(ヴァイオリンとチェロ)  
1882    グラズーノフ交響曲第1番
1889  ヘルシンキ音楽院(のちのシベリウス・アカデミー)卒業。
奨学金によりベルリン留学(翌年まで)。
 
1890  アイノ・ヤーネフェルトと婚約。  
1891     
18924/28

6/10
クレルヴォ交響曲
6つの即興曲
アイノ・ヤーネフェルトと結婚。
ニールセン交響曲第1番
1895(30歳)    
1896  《4つの伝説曲》
 
1897  ヘルシンキ大学音楽教授の座をカヤヌスと争う。  
1898     
1899  交響曲第1番  
1900  カルペラン男爵との交際がはじまる。  
1901  イタリアで交響曲第2番の作曲開始。  
1902  交響詩《エン・サガ》(初稿)
交響曲第2番
 
1903  《死(クオレマ)》の劇音楽
作品44-1, 44-2, 62a, 62b
 
1904  ヤルヴェンパーのアイノラに隠遁。
ヴァイオリン協奏曲
 
1905(40歳) 《ペレアスとメリザンド》の劇音楽
イギリス訪問(パリ・ベルリンへも)
 
1906  交響的幻想曲《ポホヨラの娘》 グラズーノフ交響曲第8番
1907  交響曲第3番  
1908  交響詩《夜の騎行と日の出》
咽頭腫瘍の手術(ベルリン)
イギリス訪問(第2回)
 
1909  弦楽四重奏曲《親愛の声》
イギリス訪問(第3回)
 
1910     
1911  交響曲第4番  
1912  イギリス訪問(第4回)  
1913  交響詩《吟遊詩人》
交響詩《ルオンノタール》
 
1914  交響詩《大洋の女神》
ピアノ「樹の組曲」
アメリカ合衆国訪問。
ヘルシンキ大学名誉教授の称号授与。
第一次世界大戦(〜1918)
1915(50歳) 交響曲第5番  
1916     
1917    フィンランド独立宣言
1922  祝祭アンダンテ(弦楽四重奏)
弟クリスチャン死去。
 
1923  交響曲第6番  
1924  交響曲第7番  
1925(60歳) 交響詩《タピオラ》 ニールセン交響曲第6番
1926  《テンペスト》の劇音楽  
1929  作曲、とぎれがちとなる。  
1931    ニールセン死去(10/3)。
1936    グラズーノフ死去(3/21)。
1946  現存する最後の作品。  
19579/20 脳出血により死去。  


Last update: 2001/08/11 by S.Suda
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